第88話
浴衣から私服へと着替え、俺と桜は旅館の外へと出た。
この周辺は通りかかったことはあるにせよ、ゆっくりと見てまわったことは一度もない。
なにせ旅館街。ここら辺に宿泊でもしない限り、ぶらぶらする機会はほとんどない。
ひとまず桜とその旅館街を歩いているのだが……
「フフン〜♪」
桜は俺の腕を取りながら、ご機嫌良さそうに鼻歌を口ずさんでいる。
「ちょ、ちょっとは周りを気にしろよ……」
俺はなんとか引き剥がそうとするが、それでも桜は離そうとせず、さらに強く引き寄せてくる。
そのせいか、腕が胸に当たっているし……ふほっ。
つい口元が緩んでしまう。いかんいかん。桜は妹。うん、妹だ。絶対に意識しちゃいけない。
頭の中でアリクイを数えつつ、煩悩をどんどんと沈めていく。
――てか、なんでアリクイなんだよ……。
自分で自分にツッコむというカオスな状況が起こりつつもなんとか冷静を取り戻す。
「そ、それにしてもあれだな。何というか……結構繁盛してんだな」
俺は明後日の方向を見つつ、そう話しかける。
「そうだね。でも、そんなことはどうでもいい」
おい。それはこの街に住んでいる人たちに失礼じゃないか? たしかにどうでもいい話題だとは俺も思ってはいたけど、口に出してはいかんぞ我が妹よ。
「それよりお兄ちゃん」
「ん?」
「あそこに混浴があるんだけど……一緒に入らない?」
「入るかボケェ!」
いきなり真剣な顔で何を言い出したかと思えば、とんでもないことを発言する桜。
本当の兄妹じゃないということを知っている今だからこそ余計にドキドキしてしまう。
――クッソ! バカ親父め……。
「とにかく今はもう風呂はいいだろ。どんだけ入浴すれば気が済むんだよ」
「うーん、それもそうだね。あまりお風呂に入りすぎても肌が荒れるとか聞いたことがあるし……わかった」
桜は心から残念そうな表情を浮かべているが、俺としては心の底からホッとしている。
まだ一線を越えるわけにはいかない。
……いや、“まだ”とは言っても、今後もありえないけどな。
「と、とりあえず時間あるんだし、お土産でも見てみるか?」
「うん!」
ということで俺と桜はその後、時間が許す限り、お土産店をはしごした。
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