第86話 ゲームコーナー
昼食を終え、俺は旅館内に併設されているゲームコーナーへと立ち寄っていた。
桜はどうやら砂蒸し温泉に入ってくるということだったので別行動を取っているのだが……あいつ、温泉好きだなぁ……。
入りすぎて脱水症状でも起こさなければいいんだが……。
そんなことを心配しつつ、周りを見渡してみると、クレーンゲームが大小合わせて五台とその他アーケードゲームが四台ほどあるのみ。
部屋で篭りながら勉強をするという手もあったが、せっかく旅館へ泊まりに来たのに勉強というのはちょっともったいない。
ひとまず近くにあった両替機に千円札を突っ込む。
そして百円玉十枚を片手にどれをしようか迷っていると……
「かーくん……これ、遊びたい」
浴衣の裾をくいっと引っ張られ、一人の銀髪碧眼美少女が太鼓の◯人に指を差す。
「ああ、いいぞ――って?!」
俺は百円玉を投入する前に隣をもう一度見る。
すると、そこにいたのは浴衣姿のスズちゃんだった。
髪は後ろにアップでまとめられ、うなじがめちゃくちゃ艶かしい。
「な、ななななんでスズちゃんがここにいんだよ!?」
一瞬、見惚れそうになりながらもなんとか我を取り戻す。
スズちゃんはいつもの薄い表情をしながら小首をこてんっと傾げる。
「なんでって……家族旅行?」
「疑問形にすんな。俺に聞かれても知らねーよ……」
まぁとりあえず家族旅行なんだろう。
それにしても……俺の知り合い多くね?
場所的には自宅からそこまで離れていないとはいえ、同じ日にこんな偶然が起きるものなのだろうか? なんか恐怖すら感じてきたわ……。
「ねぇ、かーくん」
「ん?」
「まだ?」
スズちゃんの青い瞳が「早くやりたい!」と言っているように見える。
普段から何を考えているのか、さっぱりわからないというのに……。
俺は一度ため息をつくと、百円玉二枚を太鼓の◯人に投入する。
「ほら、やるぞ」
そう言うと、スズちゃんはフスーっと鼻から息を出して、さっそくバチを手に持つ。
――なんか……珍しいなぁ。
いつもはぼけーっとしている雰囲気なのに今はやる気に満ちていると言うか……綺麗な青い瞳がきらきらと輝いていた。
「かーくん」
「ん?」
「曲……選んでも、いい?」
スズちゃんが首を傾げながら、そう訊ねてきた。
隣を見れば……白いうなじ! もともとハーフということもあって、肌は透き通るように白く、美しい。
それに温泉に入ったばかりなのだろうか? さらさらとした銀髪からはシャンプーのいい匂いがして、正直……理性が崩れそう。
なんとか自我を保ちつつ、俺は自己暗示を試みる。
――このままではスズちゃんを襲いかねない。俺が好きなのは桜――って、なんであいつが?!
もはや逆効果。混乱してきて、何をしているのかわからない。
ともかく今は太鼓に集中だ。そうだよ。最初から太鼓に集中していればいいんだよ!
「これにする」
スズちゃんはどうやら選曲が終わったようで、いつもの画面が表示される。
俺は画面を凝視しながら、無心になっていた。
――って、まさかの演歌?!
渋い曲が流れ出したかと思えばこれだ。音程が遅い分、難易度を難しいにしていても普通くらいの簡単さ。
これじゃあ、集中するどころか、逆に簡単すぎて切れてしまうわ!
とりあえずこれが終わったら部屋に戻ろう。うん、スズちゃんのためにも俺のためにもそうした方がきっといい。
それからというもの俺は太鼓を叩き続け、見事フルコンボで終わることができた。
――やっと終わった……。
思わずため息が漏れてしまう。
俺は結果発表もろくに見ることもせず、バチを元あった場所へと直しにかかる。
が……
『もう一回遊べるドン!』
「……」
普段であれば、ここは喜ぶべき場面かもしれない。もう一度遊べる……普通に考えれば、お得だからな。
だが……この時の俺からしてみれば、悪魔のささやきにしか聞こえなかった。画面に映し出されているド◯ちゃんがもう悪魔のようにしか見えない。
「かーくん……もう一回、しよ?」
逃がさんと言っているかのように浴衣の裾を強く握りしめているスズちゃん。
その上目遣いといい、仕草といい……わざとやってるんじゃないだろうな?
心臓の高鳴りがどんどんと早まっていく中で、俺はそれを隠すかのように再びバチに手を伸ばす。
「ほら、やるぞ」
そう告げると、スズちゃんは頬を赤らめながらどこか嬉しそうに小さく口角を釣り上げた。
――これは違う……。きっと太鼓を叩きつけてたから息が上がっただけだ。
この高鳴り……そういうことにしておこう。
【あとがき】
きっと今日も読んでくれている読者様は私と同じ立場なんだろうなぁ……。ねぇそうでしょ? ”仲間”だよね?(暗黒微笑)
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