第85話 旅館での昼食

 正午。

 さっぱりとした俺と桜は浴衣姿になって、部屋のちゃぶ台前に腰を下ろしていた。

 目の前には豪華な昼食が並び、家でも出ないくらいの品数がある。

 これだけあって二人前……食べ切れるだろうか?

 そんな不安をよそに桜は瞳をキラキラと輝かせながら、ぴょんぴょんしている。


「ねぇお兄ちゃん! 早く食べよ!」

「ああ、そうだな」


 俺は胸の前に手を合わせると、桜も習って同じことをする。


「「いただきます!」」


 さっそく箸を手に取った俺と桜はそれぞれの品に伸ばしていく。

 ホテルとは違い、基本和食。旅館の料理を食べるのは中学の修学旅行以来だろうか?

 ――って、うまっ!

 何このだし巻き卵!? だしがしっかりと染み込んでいて、かつ卵の味もしっかりとしている。今まで食べてきたどのだし巻き卵よりも一番美味しい!


「お兄ちゃん、このすき焼きも食べてみてよ! めっちゃ美味しいよ!」


 桜に勧められ、小鍋でぐつぐつと温められているすき焼きに箸を伸ばす。

 近くには生卵が入った器があるが、とりあえずひと口目はそのまま味わってみる。

 ――って、うまっ!

 いや、さっきから同じ反応しかしていないが、これが事実だし、一般人に食レポなど到底できない。あーいうのはグルメに詳しい人がやることだ。うん。

 でも、牛肉がとてつもないくらいに柔らかい。口に入れた瞬間繊維が蕩けていく感じで噛む暇すらも与えてくれないくらいだ。

 ――一体どんな肉使ってんだよ……。

 おそらく俺たち一般市民には手が届かないくらいの高級肉を使っているんだなと思いつつ、ご飯を一気にかきこむ。

 当初は食い切れないと思っていたが、どんどんと胃袋の中へと詰め込んでいき……約三十分。ちゃぶ台の上には綺麗になった器のみが残されていた。

 俺と桜は口直しにお茶を啜る。


「美味しかったね!」

「だな。今回ばかりは本気で親父たちに感謝しなくちゃいけないな」


 いつもは何かと振り回されたりしているが、まぁこれでチャラということにしてやろう。桜とも朝からいろいろとあったが……楽しんでいるようだし、兄としては嬉しいことこの上ない。

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