第84話 サウナ
売店でなんとかパンツが売ってあったことに内心ほっとしつつ、俺は着替えを手に大浴場へと向かっていた。
時間的にはまだ午前十時ごろ。こんな時間に風呂へ入る人なんて滅多にいないと思う。朝風呂はあると思うけど。
――それにしても桜のやつ……ったく、何考えてんだよ……。
俺の荷物を勝手に漁った上でパンツを全て家に置いてくるとか、人間のすることじゃねーぞ。しかもその代わりみたいな感じでしれっと自分の下着を紛れ込ませやがって……。あいつには女子としての恥じらいっつうものがねーのかよ。普通なら、お兄ちゃんだろうと相手が男なら羞恥心を覚えるもんだけどなぁ……。もしかして、淫乱だったりしないよな?
そんなことが頭の中をよぎりつつ、長い廊下を歩いていると……
「おっ!? サウナあるじゃん!」
大浴場の目の前にサウナと書かれた暖簾が目に入った。
――風呂の前に入ってみるか。
俺は暖簾をくぐり抜け、“男”と書かれた方に進んでいくと、脱衣所へと辿り着いた。
周りを見た限りでは誰もいないような感じで、ひとまず服を脱ぐ。
「ん?」
服を脱いでいる最中に棚の上に書かれた注意書きが目に入ったんだが、このサウナはどうやら浴衣着用限定らしい。下着類は脱いでも構わないみたいなのだが……熱くないか?
まぁルールだし、疑問に思うところはあるけど、従うしかない。
というわけで、棚に入れられていた浴衣をさっそく手に取り、着用する。
見てみれば、どの棚にも浴衣が仕込まれていたところを考えると、サウナ限定なのかもしれない。脱衣所の隅っこには“使用済みの浴衣はこちらへ”というポップと洗濯かごが設置されているしな。
俺はすりガラスになっている引き戸を開け、くねくねとした道を歩く。
そしてもう一つのドアを開け、サウナへと飛び込むと中に先客がおり、目が合ってしまう。
「……って、雪平?!」
――あれ? 俺、間違えた?
いや、そんなはずはない。だって、ちゃんと“男”と書かれた方向に進んだし……これっていわゆるラブコメでありがちな入れ替わってたやつか?
「そんなわけないでしょ。ここは混浴よ。というか、ちゃんと注意書き見なかったの? というよりも字が読めなかった?」
汗で濡れた髪が揺れ、浴衣の隙間から見える水々しい鎖骨が艶かしい。
俺はそんな状況に内心ドキリとしながらも、しどろもどろに答える。
「あ、えーっと……パッとしか見てなかった……って、ひと言余計だ!」
「言い分はそれだけ? 私の麗しい姿を見たあなたにはここで死んでもらうわ」
「なんでだよ! てか、お前だって注意書き読んだ上で入ってるんだろうが!」
「ええ、そうよ。でも、あなたに見られるとは思ってなかったわ。それにしてもなんでこんなところに和樹くんがいるの?」
俺はとりあえず中へと入ると、雪平から一番遠いところへ腰を下ろす。
「親から旅館の宿泊券をもらったんだよ。なんか会社の宴会で当たったみたいでな」
「ふぅ〜ん……こんな偶然もあるのね。これってもしかして運命?」
「は?!」
俺は思わず、雪平の方に視線を向ける。
雪平は頬を赤くしながら、うっとりとした目で、いつの間にか近くまで寄ってきていた。
――え……え?
何この急展開? 頬が赤い……? いやいや、サウナによる熱さのせいかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない。でも……なんか顔がだんだんと近づいてはしやせんかい?
俺は雪平の瞳から目が離せずにいた。まるでメデューサに石でもされたかのように動くこともできない。
――もう覚悟を決めるしかないか……。
別に雪平になら俺の初めてを――
フッ。
目を閉じた瞬間、鼻で笑われたような気がした。
俺は再び目を開けると、先ほどまで超至近距離にいた雪平は一人分空けた隣に座っている。
「こんなクソみたいな奥手変態童貞野郎と私があんなことするはずがないでしょ? 何信じちゃってるのよ」
雪平は俺を馬鹿にしたような目で見つつ、ほくそ笑んでいる。
「な、ななななな何意味わかんねーことを言ってんだよ! べ、べべべ別に信じてねーし! ただ目に汗が流れてきただけで沁みるから一時的に瞑っただけだし!」
「本当かしら?」
「事実だっつうの!」
誰が雪平とき、キスができるとか思っちゃったわけ? ははは。そいつマジマヌケ〜。ウケるんですけど〜。
と、心の中で多少強がっては見たものの……あらやだ。なんか目から水が……。純情な男心を弄ばれたショックかしらん?
そんなことを思っていると、サウナの出入り口のドアが開かれる。
「あ、お兄ちゃん……と、ゆ、雪女!?」
「誰が雪女ですか」
雪平はむっとした表情になる。
「なんでここに!?」
そんな桜はなんで戦闘体制ポーズなの?
「あ、そういやなんで雪平はここに来てるんだよ」
俺ばかり答えてて、雪平が答えないのはあまりにも不公平だ。
「家族と来ているのよ。家族旅行というところかしらね」
「そ、そうか……」
「ええ。じゃあ、私はそろそろ出るわ」
そう言って、雪平は立ち上がると、すぐにサウナから出て行ってしまった。
「あの雪女め……。次、お兄ちゃんを誘惑したらコテンパンにしてやる!」
と、我が妹は意気込んでいるが、逆にコテンパンにされそうで心配だよお兄ちゃんは。
「ねぇお兄ちゃん♡」
「ごめん。俺も出るわ。のぼせそう」
「え……え?! 桜、今入ったばかりなんだよ!?」
「うん、一人で楽しめ。じゃあな」
「ちょ、ちょっと待ってよおおおおおおおお!」
俺は桜をサウナに置き去りにし、脱衣所へと向かった。
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