第83話 いくらなんでもひどすぎるッ!
自宅を出発してからタクシーで約三十分。
俺と桜は宿泊する旅館へとやってきた。
外観はザ・老舗といった感じで風情があり、なんだか懐かしい気分に陥ってしまう。
タクシーを降りた俺たちは荷物を手に、玄関をくぐり抜けると、旅館の女将らしき女性に出迎えられた。
「ようこそいらっしゃいました」
そう言って、土下座にも似たお辞儀をする女将さん。
俺はその光景に少し戸惑いつつも、予約していたことを伝える。
「あ、あの、昨日電話で予約した工藤なんですが……」
「工藤さまですね? お待ちしておりました。部屋はお一つでしたよね?」
「……はい」
正直なところを言うと、二つがよかった。
というのも桜と一緒の部屋になってしまえば、どうなってしまうか身の危険を感じてしまうからな。
だけど、親父からもらった旅行券はペアだ。必然的に部屋は一つと決められている。
「では、今からお部屋の方にご案内させていただきます」
女将さんはまた頭を下げると、その場から立ち上がり、ついてくるよう促してくる。
俺と桜はひとまず靴からスリッパへ履き替えた後、荷物を手に後を追う。
それにしても雰囲気がいい旅館だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。ここ普通に泊まったらいくらするんだろうね?」
移動している最中、桜が俺の袖をくいっと引っ張るや否や、小声でそんなことを言ってきた。まったくもって同感である。ほんとここいくらするんだ?
そんなことを思っているうちに前を歩いていた女将さんが立ち止まる。
「こちらになります」
俺たちは案内された部屋の中へと足を踏み入れる。
室内は想像していた通り和室で、洗面所の他にシャワーも完備しており、十畳ほどの広さがある。
「では、私はこれで失礼させていただきます。また何かございましたらご遠慮なく、当旅館スタッフまでお声かけください」
女将さんはまたしても土下座のようなお辞儀をすると、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
「なんか……すごいね」
ふと、桜がそんなことを口にしていた。
「たしかにそうだな……」
やはり長年経営してきた旅館だけあって、立ち振る舞いもしっかりとしている。
これが老舗……接客態度に関しては文句の付け所がないだろう。
とりあえず俺は持ってきた荷物が入っているボストンバッグを部屋の端っこへとやる。
改めて室内を見渡すと、中央にはちゃぶ台があり、壁側には誰かが書いた“一期一会”の掛け軸と大型テレビが置かれている。その他は見た限りでは目立ったものはない。
現在の時刻は午前九時五十二分。昼食まではまだまだ先だ。
「俺、ちょっと風呂入ってきてもいいか?」
「え?」
「いや、なんか最近疲れが溜まってきているような感じだからさ。桜も入りたければ、行ってきてもいいんだが……?」
「うーん、そうしたいんだけど……お兄ちゃん。この部屋のシャワーで良くない?」
「え?」
シャワーではお湯にも浸かれないし、そもそも疲労回復にもなりゃしないんだが?
そう思っていると、桜がニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「さ・く・ら・が背中を洗い流してあげる♡」
頬をほんのりと赤くしながら、恥ずかしそうにも瞳をうるうるとさせつつ、表情は小悪魔的な感じ……。
――こいつ……いつの間に計算高い女になりやがったんだ!?
まったくすげぇな。ついこないだまでは強引にも一緒に入ろうとしてたくせに……。こっちから入りたくなるようなテクニックまで会得しやがって。
「いえ、結構です」
だが、俺はそんなことでは騙されない。
「え、真顔で拒絶された?!」
桜は自分のテクニックが通用しなかったことに驚きを隠せないご様子。
「当たり前だ! 常識的に考えてありえん。俺は普通に大浴場を利用させてもらうからな!」
「な、なんで! そ、そこだと男湯だから桜……あ、わかった! も、ももももしかして、桜を男湯に入れて、卑猥な目で見られている姿を楽しもうと……ど、どどどどんな羞恥プレイなんですか!? この変態っ!」
「どっちが変態だよ!? 誰がいつそんなことを言ったか! とにかく男湯にも入ってくんな!」
俺はボストンバッグを開けると、中から下着を取り出そうとする。着替えに関しては一応持ってきてはいるが、部屋に浴衣が置かれていたため、せっかくだし、そっちに着替えようと思っている。
「……って、なんじゃごりゃあああああ!?」
俺は一度ボストンバッグを確認するが、間違いなく俺のものだ。
「ふっふっふ〜……どうしたのお兄ちゃ〜ん」
にんまりとした桜の表情……お前の仕業か。ってか、家に俺と桜しかいないから当たり前なんだけど……。
「なんで俺の荷物から桜の下着が出てくんだよ!」
俺は可愛らしいブラとパンツを片手でつまみ上げる。
「お兄ちゃんには宿泊の間それで――」
「アホか!」
「いたっ!?」
桜は涙目になりながら頭頂部を両手で抑える。
「今殴った! 可愛い妹にして、将来のお嫁さんを殴った! これってもしかしてDVってやつ……?」
「いや、もうツッコミどころ多すぎだ! そもそも可愛い妹がこんな陰湿なことするわけねーだろ! それに将来のお嫁さん? 誰が決めたんだゴラァ! それとDVっていうのは家庭内暴力の略称だが、これは単なる“しつけ”だ!」
俺は若干息を切らしながら、手につまみ上げていた桜の下着をそこら辺に放り投げる。
「で、俺のパンツはどこやった?」
「家」
「……は?」
「家だよ」
桜は真顔でそう答えた。
「……お前ってやつはああああああああ!」
「痛い! お兄ちゃん痛いってば! ねぇ! いででででででで!」
俺の怒りは最高潮に達し、桜のこめかみを拳でぐりぐりとする。
いくらなんでも家に置いてくることはないだろ!
どのくらいかして桜を開放してやったところで俺は大きなため息を吐く。
一方で桜は泣く寸前まできていた。
「いくらなんでも……ひどいよお兄ちゃん!」
「それはこっちのセリフだ! 置いてくることはないだろうが! ……ったく、もういい。俺は売店言ってくるから」
風呂は後にして、財布を手に持った俺は部屋を出る。
この旅館には売店の他にゲームコーナーも併設されているらしいが……とにかく今はパンツが売ってあることを祈るばかりだ。
旅館でパンツを買う羽目になるとは……思いもしなかったわ。
あいつ……まったく何を考えているんだか……。
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