第78話 合宿最終日①

 合宿最終日を迎え、今日も最後まで海の家の営業を頑張った。

 もう正直、バタンキュンといった感じ。立てないし、歩けない。

 俺はテーブル席に腰を下ろすと、そのまま顔を埋める。隣には雪平が座っており、同じく疲れた表情をしながら頬杖をついていた。


「二人ともよくやったな! そんな君たちに私からのちょっとしたお祝いだ!」


 と、なぜかテンションが高い中野先生は俺と雪平の前に小さな小包を二つ置く。

 ――ちょっとしたお祝いってなんだよ。てか、何を祝うんだよ……。

 そんなことを思いつつ、俺と雪平はそれぞれおずおずと小包に手を伸ばし、中身を開ける。


「どうだ? いいだろ?」


 中野先生はまるで幼い子どものような無邪気に溢れた笑みを見せる。

 小包の中に入っていたのはキーホルダーだった。

 と、言ってもただのキーホルダーではない。“ボランティア部”と無駄に金属加工された特別なものになっていた。


「いいですけど……一体どうしたんですか?」


 雪平が中野先生にそう訊ねる。


「ああ、近くに金属加工場があってな? 話をよくよく聞くと、オリジナルのキーホルダーも作ってくれるということだったから合宿の思い出にと思って、作ってもらったんだ。あ、ちなみに私も同じ物を持っているぞ? これで一致団結できるな!」

「一致団結できるかどうかはお隣さんにかかっていると思うのですが……?」

「なんで俺を見て言うんだよ。それを言うなら、雪平の方だろ」

「あら、私はいつだってみんなと合わせようという努力はしてきたつもりだけど?」

「……じゃあ、なんでお前ぼっちなんだよ」

「それはあなただってそうでしょ?」

「俺は一匹狼主義なんだよ。わざわざ自分の意見とか主張、概念をねじ曲げてまでみんなと一緒にしたいとか思わねーよ」

「奇遇ね。その意見だけは私も同感だわ」

「じゃあ、俺と友――」

「ごめんなさい。それだけは遠慮させてもらうわ」

「なんでだよ……」


 真顔で言われるのはマジで辛いんだが……。

 まぁ最初から雪平と友人関係になれるとは思っていないし、なろうとも思っていなかったんだけどな……ほんとだよ? ほんとほんと。別に強がってなんか……ねぇーし。


「三人とも今日まで本当にお疲れ様!」


 海江田さんがトレーにかき氷三つをのせながら、こちらへとやってきた。


「はい、これ最後の賄いネ! 飲み物は適当に好きなものをクーラーボックスから取っていいから!」


 海江田さんはテーブルにかき氷を置いたところで、一旦カウンターの方へと戻っていく。


「あ、ゆーちゃん! これ、約束のやつネ!」


 そう言って、カウンターの下から取り出したのは白くて長い封筒だった。

 見た感じ少し分厚いようにも見える。


「ちょっ!? ここではなくて、向こうでって言っただろ!」


 中野先生は小声で慌てふためくようにして封筒を隠そうとしているが……もう遅い。全部丸聞こえだし、丸見えだ。


「海江田さん。ちょっといいですか?」


 隣に座っていた雪平が席を立ち、カウンターの方へと向かう。


「それってなんですか?」


 雪平の声が極寒のように冷たい。おかげさまで一気に暑さが和らいだよ。


「あ、これ? これは……」

「ちょ、なんでもないんだ! ほんと、本当だぞ?」


 中野先生は相変わらず慌てながらも、封筒を奪い取ろうとするが……身長が低いせいで手が全然届いていない。まぁそのおかげもあって、中野先生がジャンプするたびにたっぷんたっぷんに揺れたおっぱいを眺めることができているわけなんだけど……。ロリ巨乳サイコー!


「ゆーちゃんなんで隠そうとしてるの? 別に隠すことないじゃん。三人の“お給料”なんだし……」

「「……え?」」


 俺と雪平の声が見事に重なり、それを暴露された中野先生はぺたんと床に崩れ落ちた。


「あれ? 二人は知らなかったの? ウチ、バイトを募集してたんだけど、ちょうどその時にゆーちゃんから連絡があって、三人を雇ってくれないかって。それで、ゆーちゃんの生徒だからということもあって、面接なしで即採用したんだけど……え?」


 海江田さんは首を傾げる。

 いや、傾げたいのは俺と雪平の方だよ……。

 何も聞かされていないまま、ボランティアとばかり思い込んで、強制的にやらされていた海の家での仕事……。これがまさかのバイト。しかも、その給料をすべて独り占めしようとしていた中野先生……。俺と雪平はじと〜とした目で見つめる。

 中野先生の目は死んだ魚のようになっていた。


「これはたっぷりと事情聴取する必要があるようですね……。ねぇ? 中野先生」

 雪平の冷たい視線と突き刺さるように鋭い声音が中野先生に襲いかかる。

「……はい」


 もはや教師という面影はすっかりなくなり、一人の幼女のように成り果てていた。


「う、ウチ、ちょっと用事があるから、あとは三人で……ネ?」


 海江田さんはただならぬ雰囲気から逃げたいのだろう。なぜか俺にアイコンタクトで「あとはよろしく」と言わんばかりに送ると、封筒をカウンターの上にそっと置いて、店から出て行ってしまった。

 ――あーあ。この後どうなることやら……。

 まぁ、俺は二人の様子を見物しておきますかね。

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