第64話 合宿初日⑩
海の家の主人である海江田さんの指示を仰ぎながら、なんとか開店準備が終わったところで時刻は午後十二時を迎えようとしていた。
開店時間にはちょうどいい時間帯で砂浜を見渡せば、俺たちが来た当初よりもだいぶ多くなってきている。
「それじゃあこれから忙しくなるからとりあえずはよろしくネ!」
ということで午後十二時。
開店と同時にお客さんがなだれ込んできた。
席は四人がけで十五あるのだが、全てが埋まってしまっている状況。
メニューは焼きそばとデザートにかき氷しかなく、楽と言えば楽なのだが、それでも注文の量が多すぎて、鉄板の上は常に出来上がった焼きそばがなくてはならない。
――いや、多すぎだろ……。
と、心の中で嘆きそうになっている俺は今まさに鉄板の上で焼きそばを調理している最中なのだが、夏ということもあり、クソ暑い。
傍らでは海江田さんがどんどんと焼きそばの材料であるキャベツやピーマン、にんじんなどを切っては、素早く仕込みをしている。さすが主人……。手際の良さが違う。
一方で中野先生と雪平はそれぞれ注文を聞きに回っては、出来上がった焼きそばを各テーブルに運んで行っている。かき氷の注文が入った際はどちらかが対応をするという形にしているようだ。
ドリンクに関しては缶ビールのみ販売。まぁ、近くに自販機が四台くらいあるからな。
「くたばるんじゃねーゾ? これからがピークだからネ!」
「ま、マジですか……」
開店してから十分が経過した今もずっと焼きそばを焼き続けているというのにまだまだ客が来るのかよ……。
この汐留海遊浜にはたしかここしか海の家はなかった。他には浮き輪などの貸し出しをしている店やちょっとしたお土産が購入できるところくらいだったはずだ。
そう考えると、客がまだまだ来てもおかしくはない。
――地獄だ……。
たかが海の家と考えていただけあって、客はそこまで来ないだろうと勝手に思い込んでいた。
けど、現実はその真逆。店の外に視線を向ければ、長蛇の列ができている。
中野先生と雪平が一人ずつ注文を承っては、焼きそばがどんどんと減り、その分をまた作る……。
俺からしてみれば、無限ループにも等しい地獄の時間帯だ。
それに……こういう時に限って、時間の流れは遅く感じる。
逐一、近くにある時計を気にしているせいもあると思うが、面倒な時ほど時間が早くすぎて欲しいものだ。
「和樹っち! まだまだ頑張ってもらうからネ! なにせ唯一の男手だから期待してるヨ!」
「……はぁ」
勝手に期待されても困るんだが?
俺は男ではあるが、周りと比べてそこまで力持ちというわけではない。
よって、もうすでにバテそうなんだが……この状況で倒れるわけにはいかないよなぁ。
例え、海江田さんとポジションを代えたとしても包丁は不慣れだし、かと言って注文係である中野先生か雪平と代わったところでコミュ障の俺としては他人と話すのはちょっと難しいし……。それらを考えると、ここがやはりベストポジションということになる。
――まだ十二時十五分か……。
ピークは一体いつまで続くことやら……。
それまでの間に俺がぶっ倒れてなければいいけどな。
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