第62話 合宿初日⑧

 中野先生と砂浜を歩くこと数分。


「あのクソガキいたぞッ!」


 聞き覚えのある声と共に男三人組が前方からものすごい形相で近づいてくる。


「工藤、あいつらか?」

「あ、はい……」


 中野先生は一体何をするつもりなんだろうか?

 眉間にシワを寄せ、鋭い目つきへと変貌するその表情には殺気すら感じ取れる。

 やがて男三人組が俺と中野先生の目の前へと対峙する。


「さっきはよくもやってくれたなァ?」

「それはこっちのセリフだが?」


 中野先生が俺より一歩前へと出る。


「あン? 誰だねーちゃんはァ?」

「お前たちがちょっかいをかけてきた二人の担任だが?」

「先生か。それにしちゃあ随分とおチビちゃんな上におっぱいがデカすぎるなァ」


 男は嘲笑うかのように中野先生を上から見下す。


「そうだァ。俺たちと一緒に遊ばないかァ? 悪いようにはしないからよォ〜」

「三流ドラマにでも出てきそうなキザなセリフだな。いいだろう。ここで遊ぼうじゃないか」

「……え?!」


 俺は咄嗟的に中野先生の方に視線を向ける。

 口元はニヤリと三日月を作っていた。

 ――嫌な予感がする……。

 正直、男三人組に対しては嫌な思いしかないが、この時だけは逃げて欲しいと敵ながら思ってしまった。

 が、そんなことはつい知らず、男どもは下心丸出しにニヤニヤとしだす。


「ここでおっぱじめようって言うのかよ。ねーちゃんも大胆だなァ」

「そうだろ? じゃあ、さっそく“殺らせてもらおうか”」


 男どもにはきっと“殺る”ではなく、“ヤる”と聞こえたに違いない。

 ――アホだなぁ……こいつら。

 砂浜のど真ん中でヤるわけないだろ。どんな露出プレーなんだよ。

 男三人は我先にと中野先生に目掛けて、手を伸ばす。

 それを待ってましたと言わんばかりにほくそ笑むと次の瞬間、一人の顔面に拳を投げかけていた。


「いってェ……何すんだよテメェ!」


 男の鼻からは血が出ている。


「何って、正当防衛だが? 一人の女に対して、三人の男が襲いかかってきた。だから、自分の身を守るために殴った。これの何がいけない?」

「テメェ“ヤる”って言ったじゃねーかァ!」

「たしかに言ったな。だが、私は殺すという意味で発言したんだが?」

「このアマ……テメェらこいつをボコすぞォ!」

「な、中野先生!? ちょっとヤバいんじゃ……」


 俺はつい心配になり、声をかける。

 が、中野先生は動じた様子もなく、俺に優しい微笑みを向けた。


「大丈夫だ。まぁそこで見とけって」


 男三人が中野先生に向けて、襲いかかる。

 そんな中で中野先生は冷静に動きを観察しながら、布のように攻撃を交わしていく。


「その程度か」

「クッソ……調子に乗りやがってェ!」


 さらに男どもが一人ずつ攻撃を仕掛けてくるものの、中野先生は可憐に交わし、最後の一人に目掛けて、回し蹴りをかます。


「すげぇ……」


 その光景につい口から漏れてしまった。

 回し蹴りを喰らった男は地面に倒れ伏すと、しばらくの間ピクリとも動かない。


「ああ、まともに喰らってしまったか。まぁ大丈夫だ。ただ気絶してるだけだから。それと……まだ私と続けるか?」


 中野先生の殺意に満ちた瞳が光ったように見えた。


「も、もういい! 行くぞ……」


 男たちは気絶した一人を肩にかけながら、中野先生の前から逃げるように立ち去って行った。


「これで大丈夫だろう。じゃあ、海の家に戻るか」

「そ、そうっスね……」


 まるで何事もなかったかのようにいつもの中野先生へと戻る。

 ――一体この人何もんだよ……。

 俺の中にはただその疑問だけが残った……。

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