第61話 合宿初日⑦

「おぉ〜! やっと来たか……って、工藤。その血どうしたんだ?」


 海の家に着くと、まだ開店前なのか店の中は中野先生ただ一人だった。

 中野先生は俺の口元を見るなり、少し険しい表情になる。


「ちょっと左頬が腫れているあたり、さては殴られたな?」

「それについてなんですけど……」


 隣にいた雪平がことのあらましをすべて話してくれた。

 その間、俺と雪平の手は繋がれたまま。

 ――これ……どうすればいいの?

 俺が握る力を弱めても雪平は話そうとする素振りは見せない。

 やがて説明が終わったところで中野先生は大きなため息をつく。


「なるほどね……。だいたいはわかった。雪平はとりあえずここで待っててくれないか?」

「……どうするつもり、ですか?」

「どうするって、私の生徒にちょっかいを出されたんだ。それ相応に返してやらんとな。じゃあ、工藤は私と一緒に来てくれ」


 そう言うと、中野先生は先に海の家を出て行ってしまった。

 正直、もうあいつらの顔なんて見たくもないが、中野先生に言われた以上、行かないわけにはいかない。


「……先は、その、ありがとう……」

「……え?」


 雪平の手を完全に離そうとした時、小さな声でぽつりを言われた。

 俺はそれに対し、少しばかり呆然としてしまう。


「あなたがいなかったら私どうなってたかわからなかったわ……」


 雪平は先ほどの出来事を思い出しているのか、小さく震え出す。

 いくら女子高生だとはいえ、相手はおそらく大人三人の屈強な男たちだ。そりゃあ、男である俺ですらも怖いと内心は思っていたし、雪平からしてみれば相当な恐怖だったのは間違いない。


「……言っとくが、これは“仮”だからな? いつか倍にして返せよ?」


 ここで変な気を遣わせるわけにはいかない。

 だから俺はあえて、いつも通りな口調でそう言ってやった。

 すると、それが伝わったのかどうか、雪平の曇った表情が少しは晴れていく。


「ええ、わかったわ。和樹くんが言うようにいつかは倍にして返すわ」

「おう」

「それよりあなた……いつまで私の手を握っているつもり? 変態なの?」


 俺は思いっきり手を振り解く。


「それを言うならこっちのセリフだ! せっかくいい雰囲気になってたのに……」


 お前は一体なに? 雰囲気クラッシャーか何か?

 いっつもいい空気になっては毒舌でぶち壊してくるよな。今回は毒舌というよりかは、ただの言いがかりだけど!


「工藤、何してんだ? 早くぶちのめしにいくぞ?」


 と、俺が遅いことに痺れを切らしたのか、中を覗き込んでくる中野先生。


「今行きます!」

「私のこと好きなら堂々と告白しなさい。この変態」

「いつの間に俺がお前のこと“好き”という前提になってんだよ! んなわけねーだろバカ!」

「バカとはなんですか? バカと言った方がバカなんですよ?」


 雪平は胸の前で腕組みをする。

 そういや、今さらながらに気がついたんだが、ビキニ着てたんだな。

 てっきり、いつもぺったんこだからビキニ以外の水着を身につけてくるものかと勝手に思い込んでいた。

 普段とは違い、胸がこんもりとしているが……ぼっちの目は誤魔化せないぜ? あれはきっとパッドだな。パッド入りだな。まぁ、口にはしないけど……。


「お前は小学生か……。もういいや。そこで大人しく待ってろよ? また面倒なことを起こすんじゃねーぞ?」


 俺はそれだけを言い残すと、海の家を後にした。

 これ以上、雪平と言い合いをしたところで無意味だしな……。

 でも、普段の雪平に戻ってよかった……ん? 本当によかったのか? 毒舌が? もうわかんね!

 心のどこかで雪平の毒舌が心地いいとでも感じてたのかな……?

 そうなると俺って……ははは。そんなわけないか!

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