第60話 合宿初日⑥
更衣室で思いの外、時間がかかりようやく着替え終え、ビーチに出ると、すぐ近くで雪平が三人の男に囲まれていた。
見るからにナンパ師みたいな出立ちをしており、雪平は困惑した表情を浮かべている。
「いいじゃねーか。俺たちと一緒に遊んだ方が楽しいぜ。なァ?」
「いえ、結構です。私これから用事があるので」
雪平はその場から立ち去ろうとするが、男たちは道を塞ぎ、妨害する。
「そう固くなになるもんじゃねーぞ? 今を楽しもうぜ。なァ?」
「だから何度言わせるんですか。私は用事があると言っているのです。なので、あなたたちとも遊ぶことはしません」
雪平の鋭い視線が男たちに向けられる。
それに対し、一瞬怯みを見せるものの、すぐに険しい顔つきへと変える。
「あんまり俺たちを怒らせない方がいいぜ。お嬢ちゃん……」
このままだと埒が明かない。
雪平は正直、ムカつく奴だ。けど、目の前で困っている姿を見せられては素通りすることは到底できない。
――ったく……。あいつは何をしてんだよ……。
俺は雪平の元へと近づく。
よくよく見れば、雪平は小刻みに震えていた。
本当は怖いくせに……。よくもまぁ一人で男三人相手にガンを飛ばすことができるよな。その根性欲しいくらいだわ。
俺も一人の男として困っている奴を助けなければならない。
これは別に雪平だからというわけではない。一人の人間として当たり前なことをするだけのことだ。
この仮はいつか倍にして返してもらわないとな。
俺はどのくらいか深呼吸をする。
一応言っておくが、俺は別にケンカが強いと言うわけではない。むしろ弱い。
「雪平何してんだよ」
「アァ?」
男三人が俺の方へと振り返る。
「和樹くん……」
雪平は今にでも泣きそうな面をしていた。
――そんな顔もできんのかよ……。
いつも冷徹だとばかり思っていた雪平像が少し変わった瞬間だった。
「ほら、行くぞ」
「うん……」
俺は雪平の震えた手を強く握りしめる。
そして男たちの前から立ち去ろうとした瞬間だった。
「ちょっと待てや……」
一人の男が前に立ちはだかってきた。
「まだ俺たちとの話は終わってねーんだが?」
拳をポキポキと鳴らしながら、威嚇しているようにも見えるが……たったそれくらいのことで逃げ出すような玉じゃねーんだよ俺は!
これまでぼっちで培ってきた精神力……。過去にいろいろと辛いことはたくさんあった。
それと比べれば大したことはない。
「いや、もう終わってると思うが? 雪平はお前たちと遊ばないと言ったんだ。耳くそ詰まってんじゃねーのか?」
と、嘲笑った瞬間、俺の左頬に鈍い痛みと共に大きく吹っ飛ばされた。
俺は痛みが走る頬を押さえながら殴られたということを初めて認識する。
「ガキが女の前だからと言ってかっこつけてんじゃねーぞゴラァ!」
到底ケンカで勝てるような相手じゃない。
だが、俺には頭がある。武術で敵わなければ、その分頭で補えればいい。
俺は右手で砂を掴みながら、ふらふらと立ち上がる。
「……かっこつけて何が悪いんだよ!」
その瞬間、俺は男三人の目に目掛けて砂を放った。
「うっ……目、目がああああああああ!」
悶え苦しむ男三人……いいザマだ。
「今のうちに逃げるぞ!」
俺は再び雪平の手を握る。
「で、でも……和樹くん、口から血が……」
「あ? こんくらい大したことはない。とりあえず走れ!」
俺と雪平は海の家に目掛けて走った。
とにかくそこに行けば、なんとかなるだろう……担任もいるしな。
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