第56話 合宿初日②
バチンッ!
頬に鋭い痛みが走ると共に鼓膜を突き破るような声量が響き渡る。
「和樹くん! いい加減起きなさい!」
俺はその様子にしばらくの間、口を開けながら呆然としてしまう。
まだ頬にびりびりと残っている痛み。
耳元で大きな声を出され、キーンとなっている鼓膜。
そして、俺の隣に雪平が座っている状況。
車の窓から外を見渡すと、もうすでにどこかの駐車場に停まっているらしく、運転席側には中野先生の姿も見当たらない。
この現状を目の当たりにして、どんどんと脳が覚醒していく。
「……着いた、のか?」
「ええ、五分ほど前にね。それで今は宿泊するホテルに来ているわ。中野先生はフロントでチェックインの手続きをしていて、私はその間にあなたを起こすように命じられたのよ」
「なるほど……てか、叩くことねーだろ! ついでに耳元で大声出すな! 鼓膜破れたらどうすんだよ!」
「そう言うけど、私何度も体を揺すったりしたのよ? それなのに惰眠にかまけるからよ。例え、和樹くんの鼓膜が破れたところで私には関係ないし、あなたの責任だと思うけど?」
「無茶苦茶な理論すぎるだろ……」
それで通るんだったら警察もいらないんじゃないか?
例えば、殺人事件が起きたとして、犯人を捕まえたとしよう。その後、署に連行して、事情聴取が行われると思うが、その際に犯人が「相手が死のうが自分には関係ない。殺される相手の責任だ」と言ったとする。
さぁ、これを一般常識的に考えて「そうだね」と肯定する奴はいるだろうか? 答えはもちろん否だ。誰もそれで納得する奴なんていないし、当然罰が与えられる。
例え話が少し飛躍しすぎたかもしれないが、要は雪平が言っていることはこんなもんだ。
まったく……非常識な奴だぜ。
「何か不満があるような顔だわね?」
雪平のゴミでも見るような目が俺に向けられる。
「当たり前だろ。でも、もういい」
こいつに常識を言ったところで通用しないことぐらい俺が一番わかっている。
「あら、そう? 遠慮なく言ってもらっても構わないのよ?」
「遠慮なく言ったら、逆にその分の仕打ちが来るだろーが」
「それもそうね」
これまでにどれだけ毒舌を味わってきたことか……。
そんなくだらない話をしている時にようやく中野先生が車の方へと戻ってくるのがミラー越しに見えた。
「もう手続きは済ませたから、さっさと荷物を運ぶぞ」
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