第50話 報告
午後十二時十分。
家へと帰宅していた俺は、部屋着に着替えて、リビングのダイニングテーブルに腰を下ろしていた。
テーブルの上には昼食が並んでおり、どれも美味しそうな匂いが食欲をそそる。
「桜、食べながらでいいんだけど少しいいか?」
「ん?」
桜はおかずである生姜焼きを大きな口で頬張りながら、こてんと首を傾げる。
口元にタレが付いているのだが……まぁいいか。この際は何も言わないでおこう。
俺が拭き取ってあげるというのもいいのだが、なんとなく調子に乗りそうだし、指摘したらそれでまた「舐め取ってお兄ちゃん♡」みたいなことを言いかねない。
それにタレが付いてるからといって、ここは自宅なわけだし、俺以外誰も見てないから大丈夫だろ。
「来週の土曜日なんだけど、部活内で合宿をやることになった」
「…………え?」
桜は口の中に入っていた肉をごくりと飲み込んだ後、呆然とした様子で固まる。
「今のところは一応、二泊三日だから月曜日あたりには帰って来れると思うけど……って、聞いてるか?」
「え?! あ、うん……。じゃあその間は桜……一人ぼっち?」
「まぁ……そういうことになるな。少しの間お留守番することになるが、大丈夫か?」
「……」
桜はどのくらいか黙り込んでしまう。
「本当は行って欲しくないけど……でも、特別推薦枠にかかってるんだよね?」
「ああ、たぶんな」
「なら、わかった。こればかりは仕方がないしね」
そう言って、寂しそうな笑みを浮かべる桜。
俺はその様子になんだか、罪悪感にも似た気持ちになってしまった。
なんでこんな気持ちになってしまうのだろう……それがすぐにわかれば、こうして疑問に思うことはないんだけどさ。
「けど、お兄ちゃん。これを機に雪平先輩にちょっかいを出そうだなんて考えないでよ? 桜にはいいけど、他の女はダメだからねっ! それとお土産買って来てね」
あいつ相手に俺がちょっかい出すわけがねーだろ。てか、出した時点で殺されるわ!
「へいへい」
「で、肝心なこと聞き忘れてたけど、合宿先ってどこなの?」
「あー、言ってなかったな。汐留海遊浜だよ」
「し、汐留海遊……って、海?!」
バンッ!
桜がテーブルを叩くと同時に腰を浮かす。
口元をわなわなとさせながら頬を赤くし、テーブル越しから顔を近づけてくる。
「お、おおおおお兄ちゃん! やっぱり行っちゃダメッ!」
「え、ええ!? なんで急に変わるんだよ!?」
「だ、だって……海、なんでしょ?」
「そうだけど?」
「夏の海って、いろいろと危険じゃん! 痴女とかいるかもしれないし!」
「そこはサメとか毒クラゲとかじゃないのかよ……」
心配している論点が違った。
「とにかく海遊浜って言ってもおそらく海の家でスタッフとして手伝うだけだよ。別に何もしないし、だいたい痴女なんて滅多にいないだろ……」
桜の中では海をなんだと思っているんだ?
「そ、それならいいんだけど……あっ! 今から桜がボランティア部に––––」
「入部しようとしてもダメだ。あの部活は特別推薦枠を受ける人のみ入れる。それにいくら成績がいいとしても桜はまだ一年じゃないか。入れたとしても来年、二年生に上がってからだな」
「そ、そんなぁ……」
「というか、桜は一体何を心配してんだよ」
「お兄ちゃんの貞操」
「アホか! とにかく来週の土曜日から月曜日までは合宿で家を空けるからな! いい子にお留守番しとくんだぞ?」
「チッ……はーい」
桜は悔しそうな顔をしつつ、やけ食いのようにどんどんと昼食を摂っていく。
ひとまず桜には報告できたわけだし、午後からは合宿に向けた準備でもしておこう。なるべく早い方がいいしね。
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