第49話 強制

 放課後。

 部室へと向かうと、そこには雪平の姿もあり、俺たちはいつもの定位置に腰を下ろしていた。

 このことについて別にがっかりとかはしていない。うん、ほんとほんと。

 ただ……なんでお前いんの?

 そんなことを思いつつ、中野先生が来るのを待つこと数分。


「おっ? ちゃんと来ているようだな」


 部室の引き戸がガラガラという音を立てながら開かれたと同時に中野先生が入ってくる。

 そして黒板の前へと立つと、なんの説明もなしに白チョークを手に、何かを書き始めた。


「今回君たちを呼び出した理由……それはこれだっ!」


 バンッ!

 と、黒板を叩いてみせる。

 そこに書かれていたのは……夏合宿?

 黒板にはでかでかと“夏合宿開催決定!”という文字が書き殴られていた。

 ――いや、勝手に決定すんなよ。

 だいたい部員二人だけの合宿ってなんだよ……。

 しかもボランティア部……一番合宿を必要としない部活動の一つだ。


「今から具体的に何をするのかについて説明するのだが、君たちには汐留海遊浜にて海の家で働いてもらう。今のところは二泊三日を予定しているが、状況によっては伸びるかもしれない。まぁ、一種の職場体験みたいなものだ」


 要するに海の家でボランティアスタッフとしてタダ働きをしろというのだろうか?

 そうだとすれば……正直断りたい。

 いや、別に賃金をもらえないからとかそういうことではないのだが、俺自身としてはせっかくの夏休みなわけだし、来年は受験生。特別推薦枠を狙っているとはいえ、万が一を備えて、受験勉強にも取り組まなければならない。

 そのためにも夏休みの期間は、塾の夏期講習を受けようかと思っていたんだが……


「あの……中野先生」

「ん、なんだ工藤?」

「それって絶対に参加しなくちゃいけないんですか?」

「ああ、そうだが?」

「……用事があったとしてもですか?」

「当たり前だ。合宿より何を優先することがあるというのだ?」


 塾の夏期講習……と、言ったところでこの先生のことだ。「休め」など言うに違いない。


「とりあえずこれは決定事項だ。異論反論質疑応答その他諸々のことについては一切認めない。肝心の日時についてなんだが、来週の土曜日。朝八時に学校の校門前で集合だ。わかったな?」


 なんて横暴なんだ……。もはや俺たちには逃げ場などない。


「中野先生。一つだけ確認したいことがあるのですが」


 さきほどからずっと黙りこくっていた隣の奴がようやく口を開いた。


「なんだ雪平?」

「今回は合宿なんですよね? なら、宿泊する場所はどこになるんでしょうか?」

「それは決まってるだろ。近くにある旅館だよ。それに部屋も別々にしてある」


 旅館って……この部活そこまで資金が下りてきてないだろ。

 まだ創部されたばかりということもあって、生徒会からは雀の涙程度しか資金は下りてきていない。

 一体どこから宿泊費用が出てるんだよ……。


「他には何もないな? じゃあ、私はこの後も少し用事があるからこれで失礼させてもらうよ。何かあった場合は追ってメールなりで連絡する。以上だ」


 中野先生はそう言うと、そそくさと部室を出て行ってしまった。

 雪平と二人で合宿……。

 他の男子どもからしてみれば、この上ないラッキーシチュエーションだと思うのだが、俺からしてみれば、その逆だ。

 なんでまたこうなってしまうのだろうか……来週の土曜日。ああ……行きたくねーよおおおおおおおおお。

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