第33話 マッグ

 家から徒歩二十分。

 市内中心地にある比較的商業施設が周辺に多い地区へとやってきた。

 ここには大型ショッピングセンターなどの他に様々な会社のビルも建ち並んでいるため、大通り沿いは常に車が大量に行き交っている。

 そんな中で大通りの一角にあるマッグに立ち入ると、昼過ぎだというのに人でいっぱいだった。

 見た感じ特に高校生が多いだろうか……。

 市内にあるいろいろな高校の制服をちらほらと見受けられる。

 俺はとりあえず注文は後にして、先に雪平を探すことにした。

 このマッグは二階建てで一階には通常とは違い、マッグカフェもある。

 それになんと言っても地味に広い……。

 人が虫のようにうじゃうじゃいる中で見つけられるだろうか……と、一瞬不安にもなったが、それはどうやら不要だったようだ。

 周りを見渡すなり、すぐに雪平の姿を見つけ出すことができた。

 それは単なる近くにいたからとかではない。彼女から発せられる普通の女子とは違うオーラというものだろうか? 上手く説明はできないものの、妙に視線を惹きつけられてしまうというか……。

 俺はその方向に足を進める。

 席は一番角にある二人座れるテーブル席。

 そこで雪平は七分丈のシャツに同じく七分丈のタイトパンツとクールな格好をしながら、メガネをかけて文庫本に目を落としていた。

 テーブルの上にはおそらくマッグカフェで注文したであろうコーヒーがある。


「よくこんなところで読書ができるな」


 俺は若干皮肉めいたことを口にする。

 すると、雪平は文庫本からこちらへ視線だけ移動させ、


「遅かったじゃない。女の子を待たせるなんて和樹くん、男として失格よ?」

「お前がいきなり呼び出したんじゃねーか……」


 これでも早く急いで来たというのにこの言われよう……ほんと理不尽。

 ひとまず俺は参考書などが入ったカバンをイスの上に置くと、財布と“スマホ”を手に取り、マッグカフェのカウンターへと並ぶ。

 いつもならだいたいスマホも席に置くのだが、以前覗かれた手前もあって下手に置いておくわけにはいかない。

 別に覗かれても困るようなものは何にもないんだが……念のためだ。うん、ほんとほんと。男子高校生だからと言って、毎晩エロ画像とか検索してないから。

 そして、注文したアイスカフェラテを手に雪平がいるところへと戻る。


「で、時間がないから単刀直入で聞くが、確認したいことってなんだ?」


 俺は席に着くなり、アイスカフェラテをひと口飲む。

 最近は梅雨も明けたということもあって、日中の平均気温がぐんぐんと上がってきている。

 そのためだろうか。アイスカフェラテがめっちゃうめぇ!


「今回のテストどうだった?」

「……テストの出来をただ聞きたかっただけなのか?」

「いや、そうじゃないわ。その、各教科担任も口を揃えるように言ってたじゃない。今回は難しいって」

「まぁそうだな。俺たちにしてみれば、自分の力を試せる好都合だったわけだが……」

「難しいと思った?」


 雪平の目が妙に真剣さを帯びていた。

 俺はアイスカフェラテの中に浮かぶ氷を見つめながら、ゆっくりと答える。


「……いや、そこまでといった感じだったな。そういう口調だと雪平も同じなんだろ?」

「ええ、まぁ……。いくつかの問題は少しつまづいたけれど、難しいとは到底思えなかったわ」


 だろうな。

 俺と雪平の成績はほぼ互角だ。

 テストでも合計点数で一、二点の差でギリギリ勝っているくらいだし……。


「もしかすると、俺たちのレベルが高いだけなんじゃ……」


 三位との差はほとんどの場合三十点以上も離れている。

 そう考えると、俺たち基準ではそこまでだが、他の人たちからしてみれば、相当難しかったのだろう。


「あのレベルでは今の私たちがどれだけの学力か計り知れないわ……」

「そう、だな……。でも、知ったところで勉強をしなくてはいけないことには変わりないだろ? 俺たちのライバルがどの程度かわからない以上は」

「それもそうね……」


 雪平はコーヒーを小さく啜ると、窓に映る青空を眺める。

 その横顔はどこか儚げにも見えた。


「……そろそろ帰っていいか?」

「ええ、今日は呼び出して悪かったわ。来てくれてありがとう」

「それはまぁ別にいいんだけど、なんでここなんだ? これくらいの話だったら学校近くのどこかでもよかったような気がするんだが……?」

「たまたまこっちに用があったのよ。それで話ができる場所を考えたらここしかなかったの」

「それでか……」


 俺は残りのアイスカフェラテを一気に飲み干すと、空の容器を手に席を立つ。

 雪平も同様にまだ残っているコーヒーを手に椅子から立ち上がった。


「私も帰るわ」

「そうか」


 俺は空の容器を所定のゴミ箱へと捨てると、二人して出入り口の方へと向かう。

 今の俺たちは一体どういう風に写っているのだろうか……。

 微かではあるが、「あれ彼女さんかな?」「めっちゃ可愛くない?」という女子高生のきゃっきゃっした声とともに「彼氏さんの方ちょっとアレじゃない?」「根暗って言うか……普通にキモい」という声まで聞こえてくる。

 ――うっせぇ! ビッチどもめ!

 そんなことを心中で抑えつつ、店の外へと出ようとした時。

 前方から聞き覚えのある声と人物が入ってくるのが目に見えた。


「それでさ――って、お兄ちゃん?!」


 そこに現れたのはいかにも陽キャといった出立ちの女子三人グループだった。

 その中の一人には当然、桜もいるわけで……。


「あ、これもしかして修羅場になるヤツ?」

「うっわ。これマジヤバくねー」


 後ろの女子二人うっせぇぞ!

 とにもかくにもヤバいことはたしかだ……。別にやましいことはしていないんだけど……なんだろうな? この感覚。

 まるで浮気現場を彼女に見つかってしまった感じ……マジヤバくなーい?

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