第22話 ガルル……

 部室へと戻ると、雪平がじとっとした目で俺を睨みつけていた。


「遅かったわね」

「す、すまん。自販機のところで偶然、妹と出会してな」


 俺は遅くなった理由を述べつつ、雪平に注文されてたお茶を手渡し、引き換えに代金を受け取る。


「で、今から妹が部室に来るんだけど……いいよな?」

「……別に私は構わないけど、逆に呼んでもいいの?」

「ああ、なんか教室で一人だったみたいだからな」


 俺はそう説明しつつ、自分の席へと戻る。

 雪平は受け取ったお茶をしばし見つめながら、ベットボトル全体を見回した後、キャップを開けて、中身の匂いを嗅ぐ。


「……変な物は入れてねーよ」

「そう? それならいいのだけど……」


 どんだけ俺のことを警戒してんだよ……。

 と思いつつ、同じく自販機で購入してきた缶コーヒーのプルタブを捻ると、ちびちびと口に含み入れる。

 ほろ苦さとちょっとした甘さが口いっぱいに広がるのを感じながら、勉強に取り組もうかというときに部室の引き戸が唐突に開かれた。


「お兄ちゃん来たよ!」


 少し騒がしく入ってきた桜。

 それに対し、俺とは正反対の位置に座っている雪平は苦虫を噛み潰したような顔をして出入り口の方に視線を向ける。


「もう少し“静かに”入ってきてもらえるかしら?」


 極寒のような声音を吐き捨てた雪平に対し、桜は眉間にシワを寄せる。


「これは失礼しました。雪平先輩っ!」


 見た感じ桜は雪平に対して、どことなく敵対心を燃やしているように見えるけど……一体何があったんだ?

 雪平は桜の態度に気にした風もなく、勉強へと戻っていく。これが上級生……いや、学校一の美少女としての余裕なのだろうか? わからん。

 一方で桜はなぜか「ガルル……」と唸り声を上げながら威嚇していた。お前は犬か。

 ひとまず俺は席を立つと、桜の頭に目掛けて手刀を放つことにした。


「イテッ!? な、ななな何するの?!」


 桜が頭部を両手で押さえながら、涙目で俺に訴えかける。


「来て早々から問題を起こそうとするな」

「も、問題なんて起こそうとしてないもん!」

「してただろ……。まぁとりあえず適当なところに座れ」


 俺はため息混じりに腰を落ち着かせる。

 そして桜は俺の太ももの上に何気ない感じでちょこんと座った。


「……何してんの?」


 そう訊ねると、桜は首だけ後ろに振り向かせ、小首を傾げる。


「へ?」

「へ? じゃねーよ! なんで俺の上に堂々と座ってんのかを聞いてんだよ!」

「……だって、お兄ちゃん適当なところに座れって言ったから」

「それでここに座るやつがいるかああああ!」


 ふと、隣を見れば、雪平が妙な目で俺たちを見つめていた。


「あなたの妹さんって……頭のネジ大丈夫なの?」


 一見、挑発的な発言に聞こえてしまうかもしれない。

 が、雪平の表情は本気で心配していた。

 その発言に桜はもちろん憤慨しているのだが……誰が見たってそう思われても仕方がないよなぁ。


「心配してくれてありがとな。でも大丈夫だ。一応、成績は学年二位だから」

「そうですよ! 桜、こう見えても頭いいんですからねっ!」


 こう見えてもって……思わず苦笑してしまう。


「そう、なの……」


 雪平の表情は完全に引き攣っていた。

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