第21話 自販機

 外廊下を歩いて途中のところに自販機がある。

 ここは屋根も付いているため、雨の日でも傘を刺さずに購入することができるため非常にありがたい。

 また通常の飲み物だけでなく、三台のうち一台はパンやお菓子といった軽食類を販売している自販機も置かれており、特に部活動を終えた生徒たちにかなり重宝されている。

 何気にこの学校の設備はいいんだよなぁ……。昼食時間だけ開いている売店も生徒たちのお財布事情を考えてなのか、ボリューム満点の弁当が一個百五十円だったり、パンに関しては一個どれでも六十円だったり……毎日のように売店は生徒たちで埋め尽くされている。

 俺も何度か弁当を作りそびれて、利用したことがあるのだが、授業が終わってすぐに行かないと弁当はおろかパンまでが即完売してしまう。

 それくらい生徒の胃袋を支えているということなんだろう。

 さて、自販機が見えてきたところで俺は手に持っていた財布の中から五百円玉を取り出す。

 そして何を飲もうか悩みながら近づいている時。

 ふと、視線を下に向けると、パンツ丸出しの女子が自販機の下に腕を突っ込んでいた。

 おそらくお金を落としてしまったんだと思うのだが、よくよくその女子の容姿を見ると……


「何してんだよ」

「へ?! あ、お兄ちゃん!?」


 桜だった。

 桜は一旦腕を引っこ抜くと、その場に立ち上がって、スカートの裾をぱんぱんと手で払う。


「喉が渇いたから飲み物をなんか買おうかとしたときお金落としちゃって……」


 苦笑いを浮かべながら気まずそうに頬をかく桜。


「ふーん。で、お金は取れそうなのか?」

「それがなんだけど……だいぶ奥に転がっちゃったみたいで取れなさそうなんだよね。だからお兄ちゃん。お金貸してくれない?」

「まぁ別に構わんが……こんな時間帯まで何してんだよ」


 もうすぐで午後五時半。

 部活も何もしていないのになぜ桜がいるのだろうか?


「そ、それがなんだけど……傘忘れちゃった♪」


 てへぺろと言わんばかりに片目をつむり、舌を出す桜。


「……は?」


 俺の頭の上にはたぶん「?」がいっぱい浮かんでいただろう。

 こんな雨が朝から降っているというのに傘を忘れる? そんなバカな話があるだろうか?

 と、思ったんだが、よくよく考えてみれば、こいつ朝、俺と相合い傘をするとか言い出して、勝手に入ってきたんだった。

 それで傘を持ってこなかったと……。


「濡れてもいいから帰ろうかなって一度は考えたけど、今の状況だと少し危ないでしょ? だからお兄ちゃんの部活が終わるまで待っとこうかなって思って、ずっと教室にいたんだよね……」


 たしかに外を見れば、大雨でところどころ水溜りができている。

 学校から家までだいたい一キロ。徒歩で約十五分と考えると、走って帰ったとしても風邪や熱をこじらせてしまうかもしれない。

 そうなるよりかは学校で待機していた方がマシのような気もしなくはないが……


「俺の部活が終わるまでって……あと一時間くらいはあるぞ?」

「うん、それでも大丈夫。それに……帰りもお兄ちゃんと相合い傘ができることを考えると、全然へーき。むしろラッキーだよ」

「……もはや関心してしまうくらいポジティブだな」


 俺には持っていないものを桜はほぼ全て持っている。

 リア充であることもそうだし、仲のいい友だちもいたり、高校生活を十分にエンジョイしている。

 それに比べて俺ときたら……その真逆だ。チックショー! 羨ましいなおい!

 とりあえずこのままここで長話をしていると部室に戻ってきた際、何を文句で言われるかわからない。

 俺は自販機に五百円玉を投入すると、ペットボトルのお茶と缶コーヒーを購入する。


「桜は何飲みたいか? 今回だけはおごってやる」

「ほんと?! じゃあ、カフェオレ!」


 続けて紙パックのカフェオレを購入すると、取り出し口からそれを手渡した。


「ありがとお兄ちゃん! 好き! 愛してる!」

「はいはい」


 たった百二十円で「好き」とか「愛してる」とか……大袈裟だし、安売りしすぎだと思うんだが……。

 それにしても今日はやけに雨が降るなぁ……。

 梅雨に入ったとはいえ、今季最高雨量でも達成するんじゃないだろうか?


「なぁ、桜。今、教室には誰かいるのか?」

「ううん、桜だけだよ?」

「……なら部室、来るか? 一人だと心細いというか……寂しいだろ?」


 桜は一瞬呆然とした様子で俺を見つめた後、大きく目を見開く。


「い、いいの? 部員じゃないんだよ?」

「別に構わんだろ。ボランティア部って言っても今となっては名前だけの部活だしな。今は勉強をしてたところだったし、桜も何かすることがあるんだったら部室でやればいいよ」


 そっちの方が俺的にも雪平と“二人っきり”にならずに済むしな。


「うん! じゃあ、今から荷物取りに行ってくるね!」


 桜はそう言うと、すぐさま廊下をかけて行った。

 ――さて、俺も戻るか……。

 だいぶ時間が経ってしまったけど、まぁ仕方ないよな。

 それと妹が来ることを手渡しついでに伝えとかないと……。

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