第11話 入部届

 翌日。

 終礼が終わった直後、俺と雪平は中野先生に呼び出され、そのまま職員室がある一階へと向かう。

 そして応接間に通された俺たちはそれぞれ皮張りのソファーに腰を下ろした。

 相変わらず雪平の俺に対する態度が酷すぎる。

 二人して同じソファーに座っているのだが、俺との間を極力空けたいのか、端っこギリギリまで詰めている……俺は菌か何かか!?

 たしかにいつもぼっちな俺に対して、周りの評判とくれば、もう最悪だ。

 愛想が悪いとか気持ち悪いとか中には見てもいないのに「今、こっち見なかった? ね? ね?」とか言って嫌そうな顔を近くの人と浮かべて……俺が一体お前らに何をしたって言うんだよ! ふざけんなよ! ゴラアアアアア!

 と、心中で若干取り乱したものの、いかんいかん。ここは冷静沈着にっと。

 しばらくの間、座りながらじっと待機していると、ようやく中野先生が戻って来た。


「遅くなってすまんな。ちょっとコピー機の調子が悪くてな」


 そう言って、目の前のソファーにどしっと腰を下ろすと同時にテーブルの上に一枚の紙を俺と雪平それぞれに差し出す。

 紙の上には『入部届』と書かれており、その下には必要な記入事項がある。


「まずはこれを記入してもらう前にどういう部活でどんな活動内容なのかを説明しようと思う」


 中野先生は一度うんと咳払いをした後、再び口を開く。


「部活名はボランティア部。たしかこの学校にはなかったよな?」

「まぁそうですね……」


 部活なんて入る機会がなかったから部活動紹介の紙とか掲示板とかよく見てないから断言はできないけど、たしかなかったはずだ。

 雪平も異論を挟まない限り、ないのだろう。


「それで活動内容なのだが、まぁ……部活名だけでわかるよな?」

「そう、ですね。地域のボランティア活動に参加したり、校内のゴミ拾いとか掃除とかですか?」

「そうだ。まったくもってその通りなのだが、毎日毎日ボランティア活動をしているわけでもないだろ? それに放課後、掃除ばかりじゃ嫌にならないか?」

「それは、そうですけど……」

「そこでだ。お前たちには私の仕事を手伝ってもらう」

「……はい?」


 何を言っているのかわからない。

 一応隣にいる毒舌女にも視線を向けるが、俺と同様らしい。


「なーにそこまで難しい顔をしなくてもいいぞ? お前たちにはただ事務作業をしてもらうだけだからな」

「……それって、中野先生が本来するべき仕事を私たちに押し付けているだけじゃないんですか?」


 ふと、冷たい視線とともに冷徹な声音が応接間に響き渡った。

 中野先生は見るからに動揺したご様子。まさかの図星だったとは……。

 まぁ普通に考えればそうなるよな。


「そ、そんなわけないじゃないか……あはははは」


 笑い声がもはや渇ききっていた。

 その様子を見て、雪平は呆れたと言わんばかりの大きなため息をつく。


「こんなのやってられません。これをするくらいならまだ家で勉強した方がマシです」


 雪平はソファーから腰を浮かせる。


「……本当にそれでいいのか?」

「……はい?」

「雪平はたしか……工藤に成績で負けてたよな?」

「僅差です。それくらいすぐに追いつきます」

「そうか? 一年の頃もだったけど、一度でも工藤に勝ったことはあるか?」

「……っ」


 雪平は下唇を噛み締めながら中野先生を睨め付ける。

 一方で中野先生は余裕ある顔でニヤニヤとしていた。


「これで工藤がこの部活に入部すれば、さらに差はつけられる。それに……」


 中野先生は俺の方に視線を移す。


「工藤。毎日何時間くらい勉強してるんだ?」

「え、あ、まぁ場合に寄りますが、最近は寝る前の一時間程度、ですかね。家事とかいろいろとやることが多いんで」

「だってよ。工藤は毎日一時間の勉強だけで今の成績を維持している。それに比べて雪平。お前はどうなんだ?」

「……脅し、ですか?」

「いいや、ただの質問だよ。これでもやらないというのなら私は別にそれでも構わない。ただ私としては一人でも特別推薦枠に入ってもらえれば、それだけで功績になるからな」


 道理でやたらと動いてくれてたわけか。

 自分の功績のために……まぁ結果的にはウィンウィンだからいいんだけどさ。

 雪平は悔しそうにスカートの裾をぎゅっと握りしめた上で、浮かせていた腰をソファーに落ち着かせる。


「……わかりました。入部すればいいんですよね?」

「ああ、それでいい。じゃあ、もうここで入部届を書いてくれるか? 活動は明日からだ」


 そう告げると、中野先生は仕事があるということで応接間から出て行ってしまった。

 それを見届けてからさっそく入部届を書こうと思っている矢先、隣の方から強い視線を感じ、ふと尻目で確認してみると…………ものすごい鋭い目つきで睨まれていた。

 ――なんでそんなに睨みつけるの? ね? ね!?

 問いただしたい気分ではあったが、今話しかけたところでおそらく火に油だろう。

 気にせず、さっさと記入し終えて、家に帰ろう。で、夕飯の支度をしなくちゃ……。


【あとがき】

伝え忘れてたのですが、中野先生……当初は”中野梓”でしたが、ご指摘によりググったところ軽音に出てくる”中野梓”と全くの同名だったということもありまして、急遽変更いたしました。本当すんません。苗字はそのままですが、下の名前が”優姫”に変わっておりますことをお知らせいたします。

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