第5話 安息の地に侵入してきた奴は天使で幼馴染だった
ピピピッ、ピピピッ、
「んっ……ん?」
土曜の朝、頭上から鳴るケータイのアラームで目を覚ました俺はその電子音を止めるため、その端末へと手を伸ばした所でいつもとは違う違和感に気づく。
何か……ある?
俺の部屋にクッションや抱き枕と言った物は無い。確かにアニメや漫画は好きだがかと言ってそう言った物を買おうとは思わない。
が、現状俺の隣には俺と掛け布団以外の存在するはずの無い物体が存在している。一体何が?
そうして謎の物体の方を見るとそこにあったのは当然クッションや抱き枕ではなく、なんなら物ですらなかった。
「ん? んんんん!?」
というか……
「なんで……紫音が、俺のベッドに……?」
いやいや、待て、落ち着け由良蒼詩。お前は冷静な男だ、まずは昨日の夜から振り返り現状を整理しよう。
昨日の夜はいつも通り紫音と美琴と3人で夕飯を食べて、これまたいつも通り通話で宏太を交えて4人で某乱闘ゲームを楽しんでいた。
そして紫音はと言うと翌日学校が休みということで家へ泊まる事になったわけだ。
ここまではいい。次の日が休みの時に紫音が泊まるのはよくある事だ。と言うかよく考えてみれば毎週泊まってるし次の日が平日でも泊まってるから今更これは問題でもなんでも無い。
おかしいのはここからだ。紫音が泊まる時はいつも決まって美琴の部屋で寝ていた。まぁいくら幼馴染と言えど年頃の、それも恋人でもない男女が同じ部屋で寝るなんてあってはならない。
じゃあ、なんで紫音は俺のベッドに?
俺が未だ本機能を発揮できていない頭でそんな事を考えている間も紫音はたいそう気持ちよさそうに見ているだけで癒されてしまいそうなほど幸せそうな表情で眠り続けている。
ほんと、寝てる時はこんなに可愛いのにな。どんな夢を見ればこんな顔ができるのか、起きたら聞いてみよう。
おっと、それよりもどうしてこんな事になっているかだな。俺の記憶が正しければ確かに紫音は昨日の夜美琴の部屋で一緒にいたはずだ。
2人が部屋に入った後は何があったか知らないがいつも通りならばそのまま2人は美琴の部屋で寝たはず、少なくとも俺が寝るまでは紫音は俺の部屋に来ていない。
「となれば可能性としては俺が寝たあとか朝紫音が起きた後か。にしても、この状況は非常にまずいぞ……」
紫音はうちに泊まる時は美琴の服ではサイズが小さいと言って俺の服を着る。つまりは今来てる服も自分の服よりもサイズの大きい俺の服な訳だがそうなると首元の隙間から見てはいけない物が見えそうなわけで……
ダメだダメだ、余計な事を考えるな。
とりあえず、今は起こさないようにここから離れるしかないか
「…………」
可愛いとは思ってたけどこいつ、こんなにまつ毛長かったのか。肌も綺麗だし、やっぱりスキンケアとかしてんのか? でもそんなところ見たことないし……
ぷにっ
「すっげぇもちもち。というか、ほんとに全然起きないな」
唇つやつやだ。あれだけほっぺた触っても起きないし今なら何しても……
「って、何考えてんだよ起きたらどうすんだよ」
けど、少しだけなら、バレないんじゃないか? それに、唇すっげぇ柔らかそうだし……
「一瞬、一瞬だけ……」
俺と紫音の顔が徐々に近づいていく。
あと少し、もう少しで……
そうして鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づきあと少しで唇が触れ合うその時……
「紫音ちゃんまだー、もう朝ごはんできたから早くお兄ちゃん起こし……て……」
「え?」
「え……えぇ!? ちょ、お兄ちゃん!? 」
しまった! 今の絶対見られたよな、と言うか見ないとこんな反応しないだろ! あー、もうなんでこんなタイミングの悪い時に!
「今、何して……」
「ち、違うんだ美琴これには深いわけがあってだな?」
何とか誤魔化さなければ!
そうして俺と美琴が大声で話していればいくら寝ているとはいえ俺の横で寝ていた紫音の耳にその声が届くのも当然で幸せそうに寝ていた紫音の目がゆっくりと開き始めた。
「んんっ、二人ともどうしたの? 大きな声出して……あれ? なんで私蒼ちゃんのベッドに……」
「それはこっちが聞きたいよ……」
朝起きたら幼馴染が同じベッドの隣で寝てるとかどんなシチュエーションだよ……
「えっと、確か美琴ちゃんに蒼ちゃんを起こしてくるように言われて……それで蒼ちゃんの寝顔見てたらなんか眠くなってきて……寝ちゃったみたい? えへへっ」
寝ちゃったみたいってお前なぁ。あと、えへへってなんだよ! ちょっと可愛いじゃねぇか!
「あ、蒼ちゃん起きたんだ! おはよぉー」
「はぁ、今更かよ……おはよう」
なんだか朝から疲れたな。そういえば、寝起きの紫音の破壊力が強すぎたせいで何かを忘れているような……
「二人とも私がいるの忘れてない? イチャイチャするなら二人っきりの時にしてよ」
そうだったぁー、美琴がいるんだったぁー。って、まださっき見られたの誤魔化せてないじゃん! 何やってんだ俺!
「とりあえず、朝ごはんできてるから早く食べよ」
「うん! 行こ行こー」
あれ? 何も、言ってこない……?
「あ、あのぉ……美琴さん? さっきの事はもう……」
「アイス2個それもコンビニで1番高いやつ。私と紫音ちゃんの分ね、とりあえずそれで紫音ちゃんには言わないでおいてあげる」
なっ! コンビニで1番高いやつって多分あれだよな。あの小さくてそこまで量入って無いのに無駄に高いやつ。あれを2個か、これは苦しい……いや、でもそれでさっきの事を秘密にしてもらえるのであれば安いもんさ!
「か、かしこまりました……」
「わかればよろしい」
「? どうしたの二人とも、早く行こ」
「あ、あぁそうだな」
頑張れ俺の財布……
この後の自分の財布へエールを送りつつ俺は二人と一緒に朝食の待つ1階のリビングへと向かった。
ちなみに、朝食のあと紫音は美琴に「女の子なんだからいくらくつろげる場所でももう少し身だしなみに気をつけなさい」とまるで母親と子供のように叱られる事になる。
そして今にも泣き出しそうな……と言うか結局泣き出した紫音が朝の格好のまま俺に縋り付いて来るのだがこの時の俺は財布の中身ばかりが気になりそんな事になるだなんて1ミリも考えていないだろう。
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