第3話 帰り道


 風呂から上がり夕飯の美琴特性スペシャルカレーを堪能した後俺たち3人は通話アプリで宏太も交え人生でもう何度も体験した一世一代の死闘を繰り広げていた。


 と言うか、何度も体験してたら一世一代じゃなくないか? 確かあれって一生に一度みたいな意味だったよな……まぁそれぐらいの意気込みではあるしどっちでもいいか。


「はい、また俺の勝ちー」

「ま、また負けた……美琴ちゃんとあんなに練習したのに……」

「げ、元気だしてよ美琴ちゃん! ほら、キル数は確実に増えてるよ!」

『にしても、相変わらず強えな蒼詩は』

「まぁ年季が違うからな」


 今俺たちがやっているのは有名で世界中でも大人気の某大乱闘ゲームである。

 ケータイゲームは殆どやることの無い俺だがこの手のファミリーゲームに関しては別だ。

 その中でも特に今日もやっているこのゲームや赤い帽子を被ったオッサンがその他大勢とレースをするゲームは昔からやってきている作品だ少なくともこの3人に負ける気はしない。



「それで、罰ゲームは例の如く最下位が1位の言うことを何でも1つ聞くって奴だったよな?」

「う、うん……」

「と言っても、正直こうも頻繁にお願いを聞いてもらってるとしてもらいたいことも無くなるんだよな、さてどうしたものか……」


 前回の時は確か翌日1日パシリでその前は食器洗いだったか。それでその前も1日パシリと……そう考えると本当に何もネタが無いな。


「お兄ちゃん。わかってるとは思うけどエッチなのは無しだからね?」

『おいおい、そう言うのは2人だけの時にしてくれよ〜』

「なっ! する訳ないだろそんなこと!?」

「蒼ちゃん、さすがにそれは少し恥ずかしいよ?」

「だからしないよ!? 話聞いてたのかお前は!」


 全くどいつもこいつもいい加減なこと言ってくれちゃってさ。今までで1度でもそんなお願いしたことがあるかよ……


「あ、紫音ちゃんもう9時だよ。時間大丈夫?」

「え? あ、ほんとだ。それじゃあそろそろ帰るね」

『お、それじゃあ俺もこの辺で落ちるわー。2人ともまた明日学校でな』

「おう、じゃあな」


 そうして俺はスマホの通話ボタンを切る。


「ふぅ、紫音荷物持ったかー」

「うん、それじゃあ美琴ちゃんまた明日」

「うん、また明日。お兄ちゃん、隣とは言えちゃんと送ってあげてね」

「おう、心配しなくてもいつもやってるんだから大丈夫だよ」

「それもそっか」

「それじゃあ美琴ちゃんおやすみ〜」

「うん、おやすみなさい」


 俺は2人のやり取りが終わるのを確認してから玄関のドアを開いた。すると、梅雨の時期特有のジメジメとした暑さや空気が体を包む。


 相変わらずこの時間になると家の前は暗いな。まぁ、街灯が1本だけじゃ当然か。


「何してるの? 早く行こ」

「ん、おう」

「考え事?」

「いや、そう言うわけじゃないよ。ただ相変わらず家の前は暗いなと思ってさ」

「あー確かに、私なんていつも転んじゃうし」

「紫音が転ぶのは暗さ関係ないだろ」

「そ、そうかな? ってうわぁあ!?」

「危なっ!」


 フラグが立ってしまったのかどうかは分からないが言ったそばから盛大に転ぶ紫音を俺は咄嗟に支える。

 どうやら道端に捨てられたパンのゴミで足を滑らせたらしい。


「全く、言ったそばから転ぶなよ……」

「ご、ごめんね蒼ちゃ……っ!」

「? 紫音どうし……っ!」


 これは不味い、非常に不味いぞ……


 現状を簡単に説明すると俺は今後ろに倒れるようにして転んだ紫音の肩に後ろから左腕を腰に前から右腕を回して支えている。支えていると言うよりは抱きしめている形に近い。

 それに加え暗くてよく見えないにもかかわらずはっきりと相手の顔が見て取れる程に顔の距離も近い。あと一歩進めば唇が触れ合ってしまうほどに。

 そしてこんな状況の中でよりにもよって風呂に入る前とゲーム後のやり取りがフラッシュバックしてしまう。


 ダメだ、これ以上近づいたらもう後戻り出来なくなる。それは絶対にダメだ!


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか強ばった声で詩音が俺の名を呼ぶ。


「蒼、ちゃん……」

「……っ、どうした」

「その、凄く、言いづらいんだけど……」

「……うん」

「その、ね……この体制、凄く、辛い……」


 そう言った紫音の体は小刻みにプルプルと震えている。よくよく見てみれば支えて貰っているとは言え俺にあまり負担をかけまいと腹筋に力を入れて若干耐えている。


 そりゃ辛くもなるわ……


「あぁ、ごめんな。ほら」


 俺はゆっくりと紫音の体制を元に戻してやる。


 全く、人が理性の狭間で葛藤してる時にこいつは……

 

「とりあえず、帰るか」

「う、うん。そうだね……」


 ん? なんか紫音の様子おかしくないか? 俺と目も合わせようとしないし。

 もしかして……


「紫音、照れてる?」

「え? べ、別に照れてないよ!?」

「……そっか、それならいいけど……」


 もう長い付き合いだからこそわかる。紫音は嘘を着いたり動揺する時は必ず右腕の二の腕を左手で抑えるんだ。その行動が今出たってことは……


「あの、蒼ちゃん」

「ん? 今度はどうした」

「いや、えっと、暗いし、また転んじゃうかもしれないから、その……手、繋いでもいい、かな?」

「……まぁ、確かに転ぶと危ないしな。仕方ない、か……」

「うん、ありがと……」


 そう言うと紫音は俺の小指に触れゆっくりとその手を繋いだ。


 現実を見ればあと2歩か3歩進めば紫音の家には着く。それ程短い距離で手を繋ぐ必要があると聞かれれば返答に困るがそれでも俺達は玄関を潜るまでその手を離すことは無かった。


 

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