第2話
さあああああ――――。
さあああああ――――。
霧雨なのにうすく雨の音が聞こえる。
平日の昼間、町はこんなにしずかになるんだな。
慣れない静音に足を急がせた。
雨は丘の上の図書館を目隠しをするように降っていた。
湿気た空気で火照った肌につたう雨粒に、体が地面に縫い付けられる気がして大袈裟に体を揺らして歩く。
もう丘の中腹まで来た、目的地はすぐそこだ、決して雨に脅えている訳ではない。
誰に言うともなく言い訳をしながら睨むように歩いた。
またここに来ることになったのは面倒な宿題をだす教師が悪いんだ。
図書館にしか課題の本がないとかIT社会としてありえない。
こんな文句を聞いてくれる友達は、創立記念日だからと言って薄情にも別の友達とカラオケに行ってしまったし、今日はツイてないな。
しかし今日、図書館に彼女はいるだろうか。
考えないようにしていた言葉が頭に浮かぶ。
この前は丁度この辺りで見かけたから思い出してしまった。
見晴らしがいい場所だから図書館の入り口まで見えるけど居るのは私一人だ。
すこし心が落ち着き雨を切るように入口まで走った。
冷房が効いた館内に濡れたからだは寒く、端によろうと見たら奥の本棚から白いスカートが見える。
ゆっくり棚に目をやり何のコーナーなのか確認すると、心理学のコーナーと書いてあった。
……私が必要な本はあそこだろう。
今日は本当にツイてないな……。
自分の判断を疑いたいけどあの白い足首は見た事がある。右のくるぶしに小さなほくろがあったのも覚えている。
怪しまれないように覗いてみると本を読んでいた。当たり前だ、けどまだ借りる本は持っていないみたいだ。この前は二冊くらい借りる本を手に持っていたからまだここにいる可能性が高い。
じゃあ行くしかないか……。
自分でもなんでこんなに苦手に思っているのか分からないけど生理的に無理な人は誰にでもいるだろう。私の場合彼女だっただけだ。
突っかからないだけマシじゃないだろうか。
自分を褒めながら彼女の方に行こうとしたら落ち着いた心がざわめくのを感じた。どの感情によるものなのか分からないけど、悪い感情なのは間違いない。
全身を見ると彼女だけ時間から切り離されたように服も髪型も雰囲気も変わってなかった。
髪も湿気で膨らんでないし、この前会った時から0.9ミリ伸びるはずの毛は何となく前と変わらないように思える。
履いているヒールの底もすり減ってない。(同じ場所に傷がついているから前と同じ物だ)
いや、唇だけ少し赤みが強くなっている。リップでも塗っているのか……。
パラッ――。
本をめくる音で、彼女以外の景色が色づいた。
ほんの一瞬、まだ彼女を通り過ぎてもない距離なのに1時間ぐらい立ち止まっていた気がした。
違いを探すのに必死になりすぎたんだ。じっくり見ていた訳じゃない。
彼女から目を逸らし、手に持っている本に目を向ける。
ユングの本を持っている、影のなんちゃらと書いてあるのが見えた。ユングという名前は聞いたことあるけど心理学者だったのか。てっきり哲学者だと勘違いしていた。蘊蓄好きの昔の担任は間違えて覚えている知識を生徒に教えないで欲しい。
頭の中を言葉でいっぱいにして平静を装おうとするけどうるさい心臓の音は落ち着いてくれない。
とりあえず通り過ぎよう。課題の本のことは後回しだ。いつも親に怒られる後回し癖を治すつもりもなく小走りで走り抜ける。
檸檬の匂いがする――。
彼女のために生まれた香りのように似合っている。
匂いを振り切り図書館の奥に向かう。残り少ない頭の冷静な部分が課題はどうしようかと私に問いかけた。
死にたいあなたに生きててもらう方法 ArY @meizen
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