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煙草型の吸入器を、吸った。
気休め程度の、ミント味。
煙。
消えていく。
「よお。肺の調子はどうだ?」
結婚式場の、外に張り出したロビー。
「おい。新郎が会場抜け出すんじゃねえよ」
相棒。
白いタキシードの上に、長めの黒いコート。新郎であることが、ぎりぎり分からないぐらいのカモフラージュ。
「おれにとっては、あそこにいる誰の命よりも、君の命のほうが大事だからな」
「おい新郎。俺のことはいいから嫁を愛せよ」
「やだね」
ときどき、仕事を一緒にやる仲だった。
自分は、死に向かって突っ走る。死にたいのだから、当然のことだった。物心ついたときから、基本的に、死にに行っている。
相棒は、運動神経のない自分と違って、よく動き、よく反応できた。だから、死地から必ず戻ってくる。ただ、高度に倫理的な判断ができなかった。
「結婚だって、したくてしたわけじゃない」
「おい」
こんな感じ。倫理的だったり情緒的だったりする決断で、意外なほどに脆かった。自分を助けるのも、目の前で人に死んでほしくないという、よく分からない理屈のせいらしい。
「わからないよ、おれには。おれよりも君のほうが結婚とか恋愛に向いてるのに。君は恋人と別れて、そしておれは、結婚する」
「そういうもんだよ」
恋愛は、人と人。複雑だったり単純だったりする。器量や人格があるからといってうまくいくわけでもないし、ばかやろうが損をするわけでもない。
「おれは。理不尽だと、思うよ」
相棒。隣に座る。
「自分が幸せなことがか?」
「君が死にに行くことがさ」
「俺は、身軽だよ。恋人とも別れて、これで、本格的に死ねる」
前の仕事で、炎の中に突っ込んだ。相棒から助け出されたとき。身体の外側には何もなかったが、肺がやられていた。細胞幹培養を基礎に移植しないと、呼吸ができなくなって死ぬ。
「このまま移植しないで、死ぬのか」
「それもいいな」
次の仕事あたりで死ねる。そう、漠然と思っている。
「移植を受けろよ。君がいないと、おれはいやだ」
「その愛情は、俺ではなく嫁に向けるんだな」
相棒にも、愛する人がいて。家庭がある。そう思えることが、ちょっとだけ、嬉しかった。自分が死んでも、相棒は生きていける。
「君が死んだら。おれは、彼女と離婚する」
「おい」
「これは効くだろ?」
相棒。隣。無表情。
「君が移植を受けてくれる方法を。死なないでいてくれる方法を。おれなりに、考えたんだ」
「それが、この結婚か」
やられた。
「君は、自分が死ぬことで他人に迷惑をかけたくないと、思っている。だから、君が死ぬと、おれが迷惑になる方法を、考えた。考え続けたよ」
「俺は」
「君の命だ。たしかに、君の自由に使える。だけど、おれは、君が死ぬことに。耐えられない」
「だからって、そんなことで結婚ができんのかよ」
「できるよ。君のためなら、なんだってできる」
「まるで、人質だな」
煙草型の吸入器。ひとつ取り出して、吸った。
「おれにも、一本くれ」
「ただのミントだぞ」
「くれよ」
自分が吸っているのを、奪われる。
相棒。吸って、煙を吐く。
「喉が、すっきりする」
「ミントだって、言っただろうが」
「死ぬなよ」
「お断りだ」
それ以上、言葉は要らなかった。
相棒の吸っているのを、奪って。
吸い直す。
気休め程度の、ミント味。
煙は、空にゆっくりと。
消えた。
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