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春嵐
01 ENDmarker.
親友の結婚式。
晴れやかな姿。
綺麗な表情と、化粧。
わたしは。彼女の隣に、いない。席のいちばん端のほうで、彼女から最も遠い席で。
みんなに祝われる彼女。写真のシャッター音。
「あっ」
食べてたかにが、こわれた。
「どれ。貸してみろ」
隣にいるわたしの元恋人が、かにを器用に解体していく。目の前に、赤と白の美味しそうな身だけが並べられていった。
「ありがと」
「まあ、別れた俺が言うのも変な話だが、あんまり気に病むなよ」
「うん」
かに。おいしい。
「涙も出てこないわ」
「俺と別れたときは、さんざん泣いたのにな」
「あれはまあ、別の問題だから」
夢の中で、誰かに逢っていた。
そして、愛していた。
夢の中だけど、わたしにとっては、現実のどんなことよりも大事で。夢の中が、わたしのすべてだった。
でも、夢から覚めると、いつも。
愛した記憶と微かな香りだけを残して、記憶は消える。逢ったのが誰なのかは、起きている状態では、分からない。
それだけが、わたしにとっての特別で。ほかのことは、すべてが普通だった。普通の生活。普通の仕事。普通の人生。
特殊であることが尊ばれる時代の中、普通でいるのは大変で。なんとか、荒波の中で生きるために恋人を作った。
恋人は、普通じゃない。頭がよくて。料理や家事がとても上手くて。運動神経がないのに、いつも危険なところにひとりで突っ込んでいく癖がある。
死にかけた状態で家に帰ってきたりすることも多い。そういうときは、救急車を呼んで、彼を膝に乗せて撫でてあげる。死ぬなら、わたしに触れたまま死にたい。いつも、彼はそう言っていた。
わたしには、過ぎた恋人だった。普通の人間が、普通じゃない人間と恋をした。
普通に、罰が下って。
わたしと彼は別れることになる。
ある日。
いつものように、彼と一緒に寝て起きて。
記憶が、消えなかった。寝ていた頃の記憶が。愛していた相手の記憶が。鮮明に、はっきりと、起きていても分かった。
夢の中で愛し合っていたのは、わたしの親友だった。同性なのに。夢の中では、そんなこと関係なかった。わたしは彼女を求めて。彼女は、わたしを求めて。そういう夢だったのだと、気付かされた。
わたしは、普通だから。二人は愛せなかった。
彼に。夢のことを話した。笑われると思ったのに。彼は、ばか正直に、俺とは別れて親友に愛を告白すべきだと言ってきた。
彼は。
俺はいずれ早晩死ぬし、それよりも親友にアタックしたほうがいいと、そう、言った。
自分のために、身を引いてくれているのだと、思って。からだが引き裂かれるような思いだった。現実に彼を愛したのは、わたし。親友を夢の中で愛したのも、わたし。
その日のうちに、彼は出ていった。
彼の部屋だったのに、彼の私物はまったくなかった。彼は、わたし以外に、生きる意味を持っていないのだと、思った。
そして。
彼女に逢いに行った。
久しぶりに会った親友の彼女は。
見知らぬ男と、腕を組んで歩いていて。
わたしを見つけると、駆け寄ってきて、その見知らぬ男を紹介して。結婚式の招待状を渡してきた。
彼女には、夢の記憶がないみたいだった。
わたしだけが思い出して。
そして。
ひとり。
「おい」
「あっ。ごほっごほっ」
かに。喉につまった。彼が器用に背中を叩いて、水を飲ませてくれる。
「こほっ。ありがと。助かった」
「かにで自殺は無理があるだろ」
「今わたしが死んでも。誰も気付かないよ」
「そうだな。端の席だし」
死にたい。
永遠に、眠って。夢の中にいたい。
「おまえの考えてること。なんとなく、分かるよ。でも、死んでも夢の中に行くとは限らない」
「そうなの?」
「俺は何回も死にかけてるからな。死ぬ間際ってのは、幻想的なこともあれば、何もないこともある。だから、夢の中に行こうと思って死ぬのは、おすすめしない。1回だけのチャンスだからな」
「どうすればいいの」
「生きるんだよ。まっすぐにな。そうすれば、死ぬ間際も安心できる」
彼。新しいかにを裁断するか、仕草で訊いてくる。
「かにはいらない。サラダほしい」
「サラダね」
テーブルのサラダの皿がなくなっていたので、彼が席を立った。
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