第23話 あの時の空はとてもきれいだった
「な、なんだ……これ?」
「メル、俺は何でも知ってる訳じゃないんです。さすがに民家の居間にこんな堂々と隠し階段なんて、分かるはずないですよ」
「切れてる割には分かっているのね」
あぁ、なるほど。
これは隠し階段なんだ?
家具類がしっちゃかめっちゃかになっていて、泥棒に入られたにしてはおかしいと思ったんだよね。
それで人の手が加わった感じの大穴が開いちゃっていたのか。
「しかもこれ、随分と大掛かりな仕掛けですよ」
「これ、降りるしかないよね?」
「ここがダンジョンである以上、俺達に与えられた選択肢は降りる、しかないんですよ、きっと」
「そっか……そうだね。行こう」
私達は顔を見合わせ、頷くと得物を構え直して、深淵の底へと繋がっているように深く、暗い大穴を下ることにした。
「この階段、ものすごく手が込んでいるようです。もしかしたら、民家があってこの階段を作ったんじゃなくて、逆ではないですかね?」
「この階段を隠す為に家を造ったということ?」
螺旋状に延々と続く階段は手摺にまで意匠が施されていて、年代を感じるとともに優れた技術で組まれたものであることが分かった。
何の意図があって、こんな地下深くまで降りていく階段があるのか?
普通に考えると隠しておきたい事情があるとしか、思えないのだがそれにしても手が込んでいて、理解に苦しむのだ。
「どこまで続くんだろうね、この階段」
「もしかして、飽きてますね?」
ギクッ!
バレていたか、確かに飽きてきた。
ずっと同じ暗闇を眺めながら、延々と下っているだけ。
あぁ、つまらない。
面白くない。
「飽きる? この私の辞書にそのような単語はない。だから、アンドレ。何か、面白い話をしてくれない?」
「それを飽きてるって、言うんですけどね。面白い話ね。そうそう、メルは覚えてますか? 十年以上前の話ですが俺達が落とし穴に落ちた時のこと」
「ん?落とし穴?あぁ、覚えてるよ」
忘れるはずがないじゃないか。
あれは私が八歳でアンドレが六歳だった時だから、十二年くらい昔のことか。
私は鍛えられ始めてから、三年くらいでそこそこ男の子になりかけていた頃だった。
私はもう女の子だってことを忘れかけていて。
そんな私はやっぱり女の子なんだと自覚出来たのはあの時のお陰だと思う。
「俺はあの時まだ、鍛えられてもいない単なるガキ。それも生意気で何も考えていないクソガキでした」
「そうだったか? 私にはかわいい弟みたいな感じで記憶されているよ。私には妹はいるが弟はいないから、嬉しかっただけかもしれないが」
「いえ、クソガキでしたよ。俺は早く闇から抜け出したくて、もがいていたんですよ。だから、故郷を離れてメルのいる騎士団に入ろうとしたんです。で俺はその時、気付いちゃったんですよ。周りとの圧倒的な力の差ってのに。それが悔しくて、物に八つ当たりしたり、喧嘩ばかりしたり、とクソガキだった訳です」
「私は本物の男の子は元気がいいもんなんだな、としか思っていなかったけどね。うちはほら、お父さま以外、男性がいない女系の一族だからさ。年が近くて、弟みたいな子が来たことがとにかく、嬉しかったんだよね」
それにこれはアンドレには明かせない秘密だ。
前世の記憶で遊んでいたソシャゲの推しキャラが黒髪にブルーの瞳の騎士だったことが心理状態に影響したのかもしれない。
初めて見た黒い髪に青い瞳の自分と同じくらいの年の男の子が刷り込まれたとしてもおかしくはないよね。
「それであの日、俺はいつものように悪戯ばかりして、責められたのに逆切れして森に一人で行っちゃったんです。何も考えてなくて、誰に迷惑がかかるかなんて、考えもせずにね。で獣用の罠だった落とし穴に落ちちゃったと」
「夜になっても戻ってこなかったからね。普通だったら、誰か探しに行くもんじゃないか。それなのに誰も行かないんだ。だからね、私は周りが止めるのも聞かずに一人でお前を探しに森に入ったんだ。で気付いたら、落とし穴に落ちてて、お前がいた」
「急に上から重いものが落ちてきて、やわらかくて、温かいなと思ったら、恐れ多くも姫様でしたからね。その時にはさすがのクソガキも疲れてたんですよ。いつもなら、喧嘩売っていたはずですからね」
そう言って、私に薄っすらと微笑みかけてくれるアンドレだけど、あの時、私がお前を探しに行って、結局助けるどころか、落とし穴にはまっちゃっただけなのに何か、力になれたのだろうか?
「夜の森は寒くて、二人で寄り添って、星空を眺めたんだったか。あの時の空はとてもきれいだった」
「ええ、空の星はとてもきれいでしたよ。でも、それ以上に俺はもっときれいな光を見つけたんです」
「ん? 光って? 何の話?」
「何でもありませんよ。あの後、メルを探してやってきた大人に助けられたんだから、結局はメルのお陰ですよね」
「それも気に入らなかったんだよね。アンドレがいなくても誰も探しに行かなかったくせに私がいなかったら、探すなんておかしいじゃないか」
「そりゃ、俺は他所の国の平民の子で何の価値もなかったじゃないですか。メルは違うでしょう? あなたが否定してもあなたが王女であるのは事実だったんだ」
「私にはそれがおかしいって、思えたんだよね。人の命に重いも軽いもないだろう?」
これは多分、私が日本という平和な国で生きていたせいなんだろう。
法律上は身分で差別されることもなく、平等とされる世界。
でも、ここは違うんだよね。
はっきりした身分差が存在して、人を人と思わないような者が為政者として、政を行っている。
神様に安易にお姫様になりたい、なんて願うんじゃなかったよ。
「メル……どうやら、終わりが見えてきましたよ」
「そのようだね。思い出話もここまでか。ちょっと残念」
表情も気持ちも引き締めて、かからないといけないね。
これだけ、飽きるくらい長いこと階段を下りる作業を強いられたんだ。
相応に私達を楽しませてくれるようなモノが待っているに違いない。
私が淡い期待を胸に階段を抜けるとそこには地下いっぱいに広がる大鍾乳洞が待ち受けていた。
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