第22話 メルは馬鹿じゃなくて、天然でしょ

 ロボットもどきを完全に動かなくなるまで壊すのは思っていた以上に体力を消費した。

 それは騎士団時代、地獄のローテーションと呼ばれる訓練生を殺すのかってくらい辛い基礎トレーニングを思い出すほどに辛かった。

 何の金属使っているのか、知らないけど硬さが尋常ではなかったのだ。

 正直、このロボットはボディを頑丈にするだけして、武器であるファルシオンが大したことないのだから、設計段階からして間違っていたんだろう。


「このファルシオンはなまくらですね」

「本当だ。アンドレの斧はどうなってるんだ?あんなに鍔迫り合いしてて、平気なのか?」

「何ともありませんよ。そこらのなまくらと比べないでください」


 アンドレは冗談交じりにそんなことを言っているようだが彼の両手斧が普通の代物ではないことは確かだと思う。

 魔力量があまり多くないアンドレの戦闘力を高めているのはあの斧だと睨んでいる。

 かなりの業物、それも付与魔法エンチャントが施されているんじゃないかな。


「さて、これからどうしよう? それにあの親切なおばあさんも心配だよ」

「え? 心配って、メル……まだ、気付いていなかったんですか?」

「え? 何を?」

「メルが美味しそうに食べていたあのシチュー。眠り薬が入っていたんですよ」

「そうなの!? だから、アンドレはあまり、食べなかったのか」

「あまり、じゃなく食べてませんよ。メルは平気な顔して食べるもんだから、内心ヒヤヒヤしてました」


 えー、そうだったの!?

 まさか、薬を盛られていたなんて、知らなかった……。

 私だって、王族の端くれじゃないなぁ……一応、お姫様ではあるのだし。

 だから、毒物への対処は幼い頃から、受けている。

 香りだけで毒物を判断する訓練も受けているし、ある程度の耐性が付くようにあまり、思い出したくない訓練というか、食事もしていた。

 そういえば、あのシチュー妙な香りしてたじゃない!

 それなのに美味しいって、食べているとか、馬鹿じゃないの、私!!


「なあ、アンドレ。私はどうやら馬鹿だったようだ」

「メルは馬鹿じゃなくて、天然でしょ。そう落ち込まないでください」

「天然の馬鹿じゃ、救いようがない馬鹿みたいじゃない……」

「そういうところがかわいいって、言ってるんです」


 私を励まそうとしているのだろうか。

 アンドレは頭にポンと置いた手で何度も優しく、撫でてくれる。

 なぜか、抗えないし、心地良いのでずっと、してもらいたい気分だけど状況が状況だから、我に返らないといけないと思うんだ。

 それは私がおバカでも騎士をやっていたから、なんだよね。

 甘え過ぎは良くないって、身体に沁みついちゃっている。

 癖は直しにくいものだからね。


「そうするとあのおばあさんは敵の回し者か、何かだったのかな。敵? 敵って、なんだろうね?」

「敵かどうかは分かりませんよ。少なくともあの老人が俺達に何らかの害意を抱いていたのが事実ということだけですかね」

「残念だね。親切ないいおばあさんだと思っていたのに。ちゃんとお礼も言えてないのに本当に残念だよ」


 アンドレは何か、言いたげな表情をしていたがそれを口にすることなく、私を静かに抱き締めた。


「メルはそのままのメルでいてください。ずっとそのままで……」

「アンドレ?」


 たまにアンドレの奴はおかしなことを言う。

 私はずっと私なのに私が私でなくなることなんて、あるのだろうか。

 それともアンドレが自分が自分でなくなるような体験をしたことがあるとか?

 良く分からないけど、アンドレにただ、抱き締められているだけで身体も気持ちも温かくなれるなんて、不思議。

 暫くの間、そうしていて、ふと気付いた。

 こんな寒いところで抱き締められるよりも宿の暖かい部屋で抱き締められた方が絶対、気持ちいいに違いない。

 早く、帰りたい。暖かいところ。


「アンドレ、早く帰ろう?」

「は?」


 アンドレの目が一瞬、大きく開かれた丸くなったように見えたのは錯覚だろうか。

 パッと私を抱き締めていた手を緩められて、彼の顔を見やるともう真顔に戻っているアンドレがそこにいた。


「この家に何か、あるんだと思いますよ。探してみましょう」


 変なこと言わなければ、もっと抱き締めてくれていたのだろうか?

 いやいや、そんなこと気にしている場合じゃ、ないって。

 アンドレは変わらない私がいいって、言ってたよね。

 言ってたと思うんだけど、自信はない。


「そうだね。早く探して、宿戻ろう! 帰って、続き続き」

「はい?」

「ええ? な、なんでもない……」

「ですよね」


 なんだか、顔をまともに見たら、お互い真っ赤になってそうだから、合わせづらくなってしまった。

 不自然に顔を背け合ったまま、あのシチューを食べた部屋に向かった私達はそこで唖然とするのだった。

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