第20話 私が鈍感みたいな言い方は何なんだ

「お二人とも食事はまだですかねぇ。よかったら、こんなばあさまの作った粗末な食べ物じゃが温かいシチューなんか、どうかねぇ?」


 人が良くて優しそうなおばあさんがニッコリと微笑みかけながら、そう勧めてくれるんだよ、断れる?

 私には断れない、こんなおばあさんを邪険に扱うなんて。


「いただきます」


 何か、言いたげなアンドレを片手で制して、お礼の言葉を言ってから、食卓に着くとおばあさんのホワイトシチューを口に運ぶ。

 ん?

 食べ始めてすぐに気づいたのはちょっと何か、妙な香りがするかなってこと。

 でも、それはほんのちょっとの香りだったから、気にならなくなって、どんどん口に運んでしまう。

 塩味がやや足りない気はするけど、具として入っている根菜類や鶏肉らしい肉からの出汁が良いお味になっていて、私好みなのだ。


「すごく美味しいです」


 素直な気持ちを口に出して、御礼を言うとおばあさんは目を細めて、『それはよかった』と喜んでくれた。

 ふと隣のアンドレを見るとあまり、箸もといスプーンが進んでいないから、あまりシチューが好きではないのだろうか。

 そうか、結婚したら、シチュー好きじゃないなら、他の物を作ってあげないといけないなぁなどと新婚生活を妄想して、顔がだらしなくなりそうなのを気合で何とか、する。


「お二人とも今夜はどうなさるのかい? この吹雪じゃ、とても今から出るのは危ないからねえ。今夜は泊っておいきなされ。部屋は余っとりますからねえ」

「こんな美味しいシチューをいただいただけでも申し訳ないのに」

「こんな辺鄙な場所に年寄り一人だから、こうしてお喋りしてくれるだけでも嬉しいのよお。だから、気にしないでちょうだいねえ」


 『それじゃ、部屋の掃除をしてくるわねえ』とだけ言い残して、おばあさんが出ていったので二人、取り残された感じで何だか、居心地が悪い。


「アンドレって、シチューが苦手だったのね。知らなかったよ」

「え? いいえ、違いますよ。メルこそ、気付かなかったんですね、ある意味、その方が不思議ですよ」


 苦手ではないのに食べないのは失礼な気がするよ。

 それに気付かなかったとか、私が鈍感みたいな言い方は何なんだ。

 全く、もう!

 私が新婚生活を妄想して、気分が良かったのに台無しじゃない。

 一人ぷんすかしているとおばあさんが帰ってきて、ベッドメイキングまでしてくれたというので本当に何とお礼を言っていいのやら、困ってしまう。

 部屋の場所を聞いて、今日はもう寝ることにした私はベッドに潜り込むや否や秒で夢の世界に旅立ってしまう。

 自分でもおかしいとは思うんだけど、シチューを食べてから、眠くてしようがなかったのだ。


 👩 👩 👩


「メル、起きてください。メル……」

「何よぉ、人がいい夢見ていたのに……うるっさいわねぇ」


 すごくいい夢を見ていた。

 私とアンドレが結婚し、郊外に小さいけど自分たちの家を買って、幸せに過ごしているのだ。

 冒険者は引退して、ワクワクするような日々はなくなったけどアンドレに甘やかされて、甘やかしての日々に幸せいっぱいな日々だった。

 それをユサユサと揺らして、名前を呼んでくるアンドレのせいで続きが見られなくなったのだ。


「しっ、静かに……変な音が聞こえませんか?」

「え? 変な音?」


 そう言われ、耳を澄ましてみるとシャーシャーと定期的に金属のものが擦れるような音が聞こえてくる。

 気のせいではないのでこの家の中から、聞こえてきているのは間違いない。


「あれは恐らく、刃物を研いでいる音です」

「刃物!? おばあさんがこんな夜遅くに? 変じゃない?」

「兵法は先手必勝でしょう。殺られる前に殺りましょう」


 屋内では両手斧は振り回しにくい為、片手剣を手にアンドレが息巻いている。

 そんなアンドレの姿を見て、前世で見たことのある歴史ドラマのワンシーンを思い出した。

 暗殺に失敗した主人公が逃亡先でかねてより懇意の一家に匿われ、宿を提供される。

 ふと物音に気付くと家人が『縛ろう』『殺そう』のような物騒な会話をしていることに気付いた主人公は疑心に駆られ、一家を皆殺しにしてしまうのだ。

 しかし、皆殺しにした後でそれが実は主人公をもてなそうと豚を処理する話をしていただけだったことに気付いてしまう。

 そのことを同行者に非難された主人公は『我人に背くとも人我に背かせじ』と言い放つのだ。


「アンドレ、やめてぇ。『我人に背くとも人我に背かせじ』とか、言っちゃ駄目だから、やめてぇ。昔みたいに優しいままの泣き虫でいてよぉ」

「また、訳分からないこと言ってません?」


 アンドレの胸に縋って、啜り泣き始めた私にやれやれと言った表情をしながらもゆっくりと背中をさすってくれる彼はやはり、優しいのだ。好き。


「落ち着きましたか? 俺はそんな変なことにならないから、大丈夫ですよ。ほら、音が止みましたしね。メルが止めるから、先手を取るどころか、後手に回りそうです」

「え? あれ、本当、音が止まっているね。あれ……?」


 その代わりに近付いてくるのはギィギィと床板を踏み鳴らし、ゆっくりと近づいてくる音だ。

 ん? 私が勘違いして止めちゃったけど、これはあれなの?

 おとぎ話の世界みたいに寝静まった頃に『ひっひっひっ、そろそろ寝たかねえ、いい肉になりそうじゃわい』って話だったの!?

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