第19話 この寒さと吹雪がずっと続くとさすがに厳しくはないか?

 私は今、純白に包まれたとても美しい世界にいる。

 肌を刺すような気持ちのいい寒さに心身ともに清々しい気分になって、これからの冒険を手助けしてくれるかのようだ。


 ああ、嘘だけどね。

 もう寒くて、寒くて、死んじゃうんじゃないかってくらい寒い。

 防寒具をちゃんと着込んで準備万端整えてきて、これだから先が思いやられる。

 昨日の夢のようなデートが本当に夢だったのかという幻を見るくらいに寒さにやられそう。

 エルフだから、寒いのに少々、弱いのは仕方ないことだろう。

 だけど、私の生まれたヴァイスリヒテン王国は大陸でも北の方に位置する国だ。

 温暖というよりはどちらかと言えば、冷涼な気候で知られている。

 そんな国で生まれ育ったのにこのざまなのだ。


「さ、さ、さ、寒いぃ……アンドレは何で平気そうなのよ」

「平気じゃないですよ。凍えるくらい寒いですけど、メルのは見ているこっちが寒くなってきそうですよ」


 アンドレは寒いと言っている割に案外、平然とした表情だから、私だけが損をしている気分になってしまう。

 もう寒すぎて、まともな思考が出来る気がしないのだ。


「それじゃ、こうしましょう」


 アンドレが私の肩に手を回して、グッと引き寄せてくるものだから、自然とぴったり、くっついて歩かざるをえなくなる。

 昨日のデートで手を繋いで歩いたどころの距離感じゃない。

 零距離ってやつではない?

 それでも寒いことは寒いのは変わらないけど、アンドレの私への深い気遣いと優しさがくっついている部分から、感じられる気がして。

 それだけで何だか、寒さを我慢出来るんじゃないかって思ってしまう。


「この寒さと吹雪がずっと続くとさすがに厳しくはないか?」

「我慢するのにも限度がありますしね。しかし、そう運良く、民家があったりとかはないですよ」

「分からないぞ。私が言ったら、嫌がらせのように魔物が現れたくらいだからな。案外、民家の一つや二つ、出てくるかもしれない」


 勿論、冗談のつもりで言ったのに人家と思しき灯りが見えてくる。

 まさか、本当に私の言葉で出てきた?


「メルはこのダンジョンで本当、下手なこと口にしない方がいいですね」

「気を付けるよ。下手なこと言うと現実化するなんて、悪い夢としか思えない」


 アンドレの顔に浮かんでいる表情は半ば呆れたような疲れたような複雑なものだ。

 一階層でダンジョンだというのに開放されたフィールドのような風景が続くのに驚いたのなんて、序の口でボスがドラゴンだった訳だし、二階層ではギラギラと光差す熱砂の砂漠でドラゴンと戦い、巨大な鎧の騎士と戦った訳だ。

 それでこの階層は凍えるような寒さときたのだから、疲れてもくる。

 ここで私達を出迎えてくれるフロアボスは一体、何なのだろうか?

 考えるだけでも気が重くなりそうだ。


「普通に民家のようですけど」

「そうだね。普通の民家にしか見えないよね。でも、このダンジョン普通ではないから、どうなんだ?」

「どうなんだって、言われても困りますけどね。ここに何が待っていようと寒いのよりはましでしょう?」

「前門の虎後門の狼ね。それなら、進んだ方がましだから、覚悟を決めて入りましょ」

「ええ、分かりました。すいません、どなたか、おられますか?」


 私は寒くて、アンドレにしがみついたままで役に立たないので彼が代わりに扉を叩く。

 するとすぐに中から、人が動いてくる反応があった。

 動きの遅さや足運びの音からすると若い人ではないだろう。


「はいはい、どちら様でしょう」


 扉を開けて、こちらの様子を窺ってくる家の主人は白髪頭の品が良さそうな老齢の女性だった。

 小柄でやや丸っこい顔のせいか、品が良さそうに見えるだけでなく、とても優しいお婆さんのように見える。


「旅の途中なのですがこの吹雪で身動きが取れず、少し暖を取れないものかとお尋ねしたのです。寒さのせいで妻が弱ってしまいまして」

「まあまあ、それは大変でしたねぇ。どうぞどうぞ、身体が温まるまでいくらでもいらして、かまいませんよぉ」


 ん? つ、つ、妻!?

 そりゃ、昔、お嫁さんになりたいって言ったことあるけど、それは子供の頃の話だし。

 結婚するにしたって、もっと先じゃないの?

 そもそもプロポーズされたっけ? されてないよね?


「メル、良かったね。暖を取れそうだよ」

「あっ……う、うん」


 快く、迎え入れてくれたお婆さんに案内されて、私達は体に降り積もっていた雪を払い、暖炉の前で凍えた体を必死に温める。

 はぁ、生き返ったぁ。

 本当、死ぬかと思った。

 ドラゴンに勝ったのに寒さに負けてGAME OVERとか、嫌だからね。


「お二人とも食事はまだですかねぇ。よかったら、こんなばあさまの作った粗末な食べ物じゃが温かいシチューなんか、どうかねぇ?」


 お婆さんがほっかほっかと湯気が立つシチューの鍋を手に私達ににっこりと微笑んでいた。

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