第15話 大きな鎧のお化けですかね

「どう見てても神殿ですね、こりゃ」

「それでここがサンドランナーの教えてくれた第三階層への扉のある場所なんだろう?」

「嫌な予感しか、しないって奴ですか」


 そう言いながらもニヤッと口角を僅かに上げて、笑っているアンドレはこの展開を楽しんでいるのではないか。

 男は自分より強い奴に会いたがるもんだって、何かで言っていたような気がする。

 アンドレのはきっとそれに違いない。

 俺より強い奴に会いに行くって、ドMの精神だ。

 そうか、アンドレはMだったか。


「メル、何か変なこと考えてません?」

「な、な、何の話かな。私がそんな変なこと考える女に見えるのか? 誰もアンドレがMだとは思っていないぞ」

「やれやれ、やっぱり変なこと考えてましたね」

「そんなことはどうでもいいから、さっさと行くよ」


 Mと思われていたアンドレにとってはどうでも良くないかもしれないけど、私は自分の顔が赤くなっているのを知られるのが嫌で隠すように俯き加減の早足で先に神殿へと足を踏み入れた。


「これは本当に神殿かな?」

「どうだろうね。階層の入り口を示すのが神殿の形である意味があるのかもしれないよ」

「アンドレったら、深く考えすぎじゃない? 一階層でドラゴンもどきが出てくるのがおかしかったのよ。第二階層でしょ。神殿だからって、そんな変なのが出てくるはずが……」


 私は出かかった言葉を口にすることなく、右手でサーベルを左手でブロードソードを構え、正面からゆっくりと迫ってくる者に備える。


「だから、メル……君が余計なこと言うと変なのが出てくるんだよね」

「はぁ!? 私のせいなの?」

「そう言う訳じゃないですよ。でも、メルって変な言葉の力持ってますよね」


 アンドレは私の前に出て、かばうように斧を両手で構えている。

 私と掛け合いのように軽い口調で言っていたけど、その表情は真剣そのものだ。

 そりゃ、真剣にもなるよね。

 鎧の化け物とか、洒落にもならないじゃない。


「それであれは何だと思う?」

「さあ、何でしょうね。大きな鎧のお化けですかね」

「見たまんまじゃない、それ。もうちょっとおしゃれな名前ないの?」

「ワンダリング・アーマーですか? あれのサイズは人並みだったと思いますよ」


 ガッシャンガッシャンという金属音を響かせながら、三階層への入り口と思しき扉の前からこちらへ向かって、一歩一歩ゆっくりと近づいてくるその物体はいわゆるフルプレートアーマーのような全身甲冑の姿をしている。

 左手には半身が隠せる程の大きさがある巨大な盾を構え、右手には人が持ったら大剣よりも大きいであろうロングソードを構えている。

 大きさは私達が軽く、三人くらい必要な程あり、巨漢という言葉で収まるサイズではない。


「動きが遅いから、余裕じゃない?」

「またまた、メル。余計なこと言うのはなしですよ」


 軽口を叩きながら、私は左へと駆け出し、アンドレは右へと駆け出していく。

 二方向から、同時に攻めることで相手を撹乱させ、より効率的な攻撃を引き出していく常套作戦だ。

 私は身体強化に加え、得意とする風の魔法を自らの身体に纏うことでより速く動ける。

 エルフの中では腕力が強い私だがそれだけでは特別に秀でた力とは言い難い。

 なら、どうするべきかと悩み、編み出したのがより速く動き、相手を翻弄し、手数で勝負する戦い方だった。

 今回の相手は鈍重そうなので私の方が有利なはずだ。

 勢いよく駆け出したその余力を剣に乗せ、相手の足を潰す為に右膝へサーベルを横薙ぎに当てようとして、妙な感覚を覚えた。

 奇妙な感覚だ、勘というものだろうか。

 咄嗟に身を捩らせ、後方に飛び退る。


「くっ、危なかった」


 間一髪だった。

 私のいた場所を抉るように巨大鎧のロングソードが突き刺さっていた。


「意外と素早いよ。それに何か、あるかもしれない」

「そうですね、迂闊に近づくのはしくじったかもしれませんね」


 一足早く到達した私が攻撃され、それを紙一重で避けることが出来たから、逆に助かった。

 もしも、アンドレの方が先に攻撃されていたらと思うとゾッとする。

 スピードと回避に関しては私の方が上。

 逆だったら、アンドレはまともに喰らっていた可能性があるのだ。


「アンドレ! 何か、

「面倒なことで!じゃあ、様子見ってことでこれでも喰らえ!」


 アンドレは両手斧を下段に構えると魔力を解き放ち、下段から地面を抉るように大きく振り上げた。

 斬裂技パワースラッシュ

 魔力を刀身に込め、それを形がある剣気として構成し、遠くの敵にも対応可能な目に見えないが撃ち出せる刃と成す、彼が得意とする戦法だ。

 その刀身から放たれた剣気は目に見えない真空の刃となって、鎧の化け物が武器を持つ右腕へと当た……らないだって!?


「なるほどね、そういうこと。伸びるとかインチキじゃない……」

「これは厄介だね。素早さに種も仕掛けもあった訳だ」


 鎧の化け物は足を一歩も動かすことなく、その大きな盾でアンドレの斬裂技パワースラッシュを防ぎきっていた。

 左腕が不自然に長く伸びており、それで防御に対応したことが見て取れる。

 蛇のように自在にうねうねと動く長い腕。

 自分自身の身体を動かさなくても腕を伸縮させるだけで攻守万能だった訳ね。

 それで動いていないのに死角から、攻撃されたのか。

 どれくらいの伸縮が可能なのか、分からないがまさか、無限に伸びることはないだろう。


「なあ、アンドレ。奴がインチキだろうが種も仕掛けも分かったんだ。私達のやることに変わりはないっ!」


 アンドレは無言で私に向かってサムズアップすると牽制の為に奴の足元目掛け、斬裂技パワースラッシュを放つと駆け出していく。

 それを横目にさらに加速して、鎧お化けのある一点を狙い、駆け出すのだった。

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