第10話 身体は二つ、ベッドは一つ。さあどうする?
ゴブリン・イーターの魔石を手に入れたがギルドで鑑定なり買取なりしてもらうにしても今日はもう宿に帰って休むことに決めた私達は取った部屋に戻った。
戻ったのだが……。
「あのね、アンドレ。ベッドが一つしかないんだけど?」
「メルが取った部屋ですよね。シングルだから、別におかしくないのでは?」
「いや、そういうことではなくって……一つしかないと寝れないじゃない」
アンドレと二人きり。
密室。
狭い部屋に年頃の男女二人きり。
ベッド一つ。
結婚。
ま、ま、まずいのではありませんですか。
いけない、頭がバグってきているのか、思考回路が堂々巡りしていて、まともな考えが出てこない。
「俺は床でもどこでも寝られるんで大丈夫ですよ」
そう言って、くつくつと笑うアンドレがかっこよすぎて、眩しい。
目が潰れてしまうじゃないか、尊すぎて。
「そういうのは体に悪いんだよ、知らなかった? 私はエルフだから、大丈夫。よって、私が床で寝る」
「駄目ですよ。メルは女の子なんです。身体を労わらないと。だから、俺が床です」
「いいや、私が床で寝るんだ」
「いいえ、俺が寝ます」
あと一歩踏み出すとアンドレとキスするんじゃないかという距離まで顔が近付いていたことにも気付かず、私はアンドレと不毛な口論を続けていた。
そもそも、何で言い争いになっていたんだっけ?
アンドレが疲れてるだろうから、ベッドで休ませたいって、それだけだったはず。
どうして、こんな不毛な争いを……って、近っ、近いよ、アンドレ。
「わ、わ、分かった、アンドレ。とりあえず、離れてくれ」
「あ、あぁ、すみません、メル」
そうそう、離れてくれないと私の心臓が持たないではないか。
殺す気ですか。
「私にいい考えがある」
「メルの良い考えね。あまり、いい思い出ないけどなぁ」
ギクッ。
そう言えば、私がいいアイデアがある、と提案した作戦で酷い目に遭った記憶がある。
一度や二度ではないから、私にはひょっとして、いいアイデアと言ってはいけないという運命でもあるんだろう。
「ベッドが一つしかない。だから、一緒に寝れば、いいじゃない。布団がなければベッドで寝ればいいじゃないという格言もあるぞ」
「ないと思いますね、メルは間違えて覚えていることが多いから、怪しいんですよ。いやいや、そうじゃない。一緒に寝たら、色々と…その、まずいでしょうが」
アンドレが頬を染めて、恥ずかしがっているなんて、ご褒美です。
ありがとうございます。
明日も元気に生きていけそうです。
自分で言ってて、こんな王女で大丈夫なんだろうかと。
大丈夫だよね。
もう王女じゃない。
私は自由なんだから。
「シングルだから、狭いけど背中合わせに寝れば、大丈夫よ。私もアンドレも騎士だったのよ?自制心ってものがあるでしょ」
◇ ◆ ◇
はい。
数時間前に偉そうに自制心がーって、言ったのはどこのどいつだい?
私だよっ!
無理、絶対に無理ですから。
背中合わせでも背中くっついている訳で心臓の音が……自分の心臓がドキドキドキドキうるさいっての。
断じて興奮している訳ではありませんからね?
違いますよ、姫で騎士たる私が男性とくっついて、寝ようとしただけで興奮するとか、ないですよ?
ないですったら、ないと否定すればするほど心臓が苦しい。
これ、こんな思いしているのはどうせ、私だけで朝になったら、『あれ、メルどうしたんですか?クマが酷いですね』とかくつくつ笑うんだ。
こうなったら、意地でも寝てやるんだからっ!
結局、寝れませんでした。
ええ、一睡も出来ませんでしたとも。
敗北です、白旗でも何でも上げてやります。
ばっちり、目の下にクマ出来ているね、間違いないやつだ。
「お、おはよう」
「おはよう、メル」
起きて、顔を見合わせ、二人して吹き出す。
私だけじゃなかった。
アンドレも眠れなかったんだ。
よしっ、勝ったわ!勝ったのよ、私。
「どうしたの、そのクマ? ぷっふふふっ」
「そういうメルこそ、クマが酷いですけど?」
「ドキドキして、寝れなかっただけよっ」
「何、それ、かわいいんだけど、抱いてもいいですか?」
「駄目に決まってるでしょう。さっさと支度しなさい」
そう拒否して、ベッドを離れた私の顔は熱を持ってて、真っ赤で見れたものじゃないだろう。
アンドレに気付かれたら、どうしようって思う反面、気付かれてもいいじゃない!
両想いで迷う必要なんてないと心の中で天使と悪魔が喧嘩している状態だ。
宿でほぼ上の空なまま、朝食を取った私達は砂漠で必要そうな道具類を買い揃えてから、ギルドへと向かうことにした。
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