第9話 さようならじゃない。また、会おう

 アンドレの両手斧がゴブリン・イーターの首を落とし、強靭なドラゴンの生命の炎が尽きた瞬間、長かった戦いは決着した。

 坑道跡に入るのを拒むかのように入口に陣取っていた巨体が眩い光に包まれて、消えた。

 ゴブリン・イーターの身体があった場所には緑色のきれいな魔石が一つ、残されている。

 きれいなだけでなく、今まで見たことがある魔石よりも大きい気がする。

 亜種とはいえ、さすがはドラゴンということなのだろうか?


「終わったな。ドラゴンというのはこうも強いものなのだな」

「これでも恐らくは下位種ですね。あいつらの強さは異常ですよ」

「でも、ここはまだ、一階層ではないか?」


 『ゲームバランス最悪のクソゲーじゃない?』と思わず、言いそうになってしまい、ちょっと焦ってしまう。

 そんな日本人しか、通用しないこと言ったら、おかしいと思われるだろう。

 アンドレに嫌われるのだけは避けたい。

 全力でね。


「そこがおかしいんですよね。ダンジョンが潜っている冒険者に応じて、モンスターを変えるなんて話聞いたことないですよ」

「確かにおかしいな」


 騎士団時代に魔物の話やダンジョンに関する話が仕事の一環として、入ってくるのだが可変型のダンジョンは耳にしたことすらない。


「多分、今のがフロアボスだと思いますよ。この坑道に次のフロアへの入り口があるかと」

「そうか、その前にだ。キングに敵を討ったことを知らせてやろう」


 茂みの側に何もせず、呆けたように立ちすくんでいるキングに何とも言えない不安を覚え、その元に急ぐ。


「キング、どうした? 大丈夫か。お前の親の仇が取れたぞ、お前の剣のお陰だ」

「………」

「どうしたんだ? おい……」


 キングは何の反応もしなければ、一言も発しない。魂でも抜けたかのように不自然だ。


「メル、キングはもう……」


 アンドレが首を横に振り、私の嫌な予感が外れていないことを伝えてくれる。嘘だ。そんなの嘘だ。


「アリガトウ師匠。オデ仇トレテウレシイ。師匠ト旅タノシカタ」

「やめろ、キング! そんな別れの台詞みたいな変なことを言うな!!」


 小柄なキングの身体を揺さぶり、私の不安を嫌な予感を吹き飛ばそうとするがそんなことをしてももう無駄だということは分かっていた。


「オデ本当ハ死ンデタ。師匠会エテタノシカタウレシカタ。アリガトウサヨウナラ」

「嘘だっ、そんなの認めない。お前は私と一緒に世界を冒険するんじゃなかったのか。嘘はいけないって教えただろ! 消えるな、キング!」

「サヨナ……ラ……」


 抱き締めていたキングの身体が光の粒子になって、天へと昇っていった。

 それはとてもきれいで神々しいものだったけど、それを見つめる私の視界は涙で滲んでいき、やがて光が消えていくと私は糸が切れた人形のように倒れそうになってしまう。


「メル、しっかりしないと」


 アンドレが私の身体を支えて、優しく抱き締めてくれていた。

 普段なら、恥ずかしさが上回るのにこの時は抱き締められている安心感にただ、身を任せるだけになっていた。


「キングが見てますよ。しっかり、しないとあなた、師匠なんだから」

「うん……私もまだまだだな。このサーベルに誓おう。お前との思い出は絶対、忘れない……私達はずっと友達だ。さようならじゃない。また、会おうキング!」


 アンドレの身体から、身を離した私は右手に持ったサーベルを天に向かって、掲げる。

 キング、あなたのこと絶対に忘れないよ。

 だから、いつかまた、あなたと一緒に冒険出来る日が来たら、いいね。


 ◇ ◆ ◇


 アンドレの予想した通り、坑道跡を進むと行き止まりに下り階段があった。これが次のフロアへの道ということなのだろう。

 キングのこともゴブリン・イーターのことも全て、ダンジョンを支配する者の仕業ということなのかな。

 それともダンジョンの中は生態系が確立されていて、偶然の産物?分からないことだらけだけど、そこが冒険っぽいので私はわくわくしている。

 キングはいなくなったけど心の中にずっといるし、このサーベルがキングだと思えばいいのだ。


「なあ、アンドレ。このサーベルをキングと名付けよう」

「そういう方向に行くんですね、メル」

「不満か?」

「いいえ。不満なんてありませんよ。メルの側にいるだけで俺は幸せですって」


 肩を竦めて、ややおどけて言うアンドレだがその言葉に嘘はないって、私は知っている。


「それなら、いいんだ。私もお前がいるだけで幸せだから」


 私がそう言うとアンドレの奴は顔が真っ赤になった。

 まだ、かわいいところが残っているようで嬉しい。

 押しのアイドルが恥ずかしがってくれるとか、ご褒美以外の何物でもない!


「なあ、アンドレ。二階層はハードそうだな」

「砂漠ですか、これはまた、面倒ですね」


 階段を下り、扉を抜けるとそこに待っていたのは雪国ではなく、砂塵吹き荒れる砂漠だった。

 砂漠なんて、エルフにとっては死地もいいところだ。

 相性が非常に悪いのだ。森の民として知られる私達エルフにとって、動きやすいのはやはり、森林や草原。

 そういった場所には妖精の力が残っているから、その力を借りることで能力の底上げが出来るからだ。

 ところが砂漠にはそれがない。

 まあ、ボーナス分がないだけでちょっとしんどいくらいだろう。

 元々、そう深く考える性格ではない私はそう結論付けると今日の探索はここまでにして、宿に戻ることにした。

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