第8話 この恩は夜にでも返しますよ
私とアンドレは幼馴染で騎士団でもいつも連携して動いていた。
だから、こういった打合せのない遭遇戦であってもお互いの動きを把握し、フォローしあえるように動く。
この場合、ゴブリン・イーターといういまいち、生態が分かっていない相手である以上、ドラゴンに近い見た目であることから、ブレス攻撃を警戒すべきなのだ。
私は身体強化を掛けつつ、左へとジグザグに駆けだす。アンドレは私が左へ向かうのを知っていたかのように右へと駆けていく。
ゴブリン・イーターまで残り十メートルの距離まで近づいた私は警戒すべき奴の右腕に向けて、風の切断魔法を撃った。
「風の刃よ、我が敵を切り裂け」
サーベルから離した右の掌から、真空の刃が一枚出現し、ゴブリン・イーターの上腕部へと一直線に向かっていった。
この魔法は一枚から、五枚まで形成可能な真空の刃で敵を切り裂くのだが枚数を多くすればするほど、一枚の威力は下がってしまう。
ドラゴンの鱗の防御力は相当なものだろうから、ここは一枚で最大威力を期待するしかないという判断だ。
「ちっ、全然効いていないな」
一枚で最大の威力の真空の刃を放ったというのに掠り傷程度しか、付いていない。
やはり、一筋縄ではいかないということだろうか。
「メル! 気を付けて、こいつは物理攻撃耐性持ちです」
ゴブリン・イーターの左腕の攻撃を掻い潜りながら、両手斧を振り回した勢いそのままに思い切り、その肘に向けてはなった一撃を軽く弾かれたアンドレがこちらを向いて、叫んでいる。
「ええい、面倒だな。何か、いい手はないか、アンドレ!」
「物理的な攻撃が効果的じゃないと言っても俺達は魔法が得意じゃないですしね! おっと! あぶね」
このゴブリン・イーター、巨体の割に意外と俊敏な動きをするだけではなく、器用だ。
上半身しか洞窟から出ていないのに私もアンドレも避けるのに手一杯とは言わないまでも油断したら、危ないと思わせる鋭い攻撃だ。
これで尻尾やその他の攻撃まで加わっていたら、苦戦は免れなかっただろう。
だがそうではない。
ならば、反撃の糸口を掴むのもやぶさかではないだろう。
「魔法剣でなら、通るかな?」
「やってみますか。俺には無理ですけどね」
「我が刃に光輝なるその恩寵を
残念ながら、私は脳筋だ。
魔法はあまり得意ではない。
エルフの国の姫として生まれたのにこの扱いは何なのだろうか?
前世でも運動が得意じゃなかったのに解せぬ。
妹は魔法の天才で隣国にある有名な学院に留学する程だというのに私にはその才能の欠片もないのだから、世の中理不尽なことだらけだよ。
そんな私でも風の魔法は上級まで詠唱可能だし、光の魔法だって中級までは何とか、やり繰り出来る。
私が唱えられる数少ない魔法の一つなのだが……問題点がある。
この付与が効きやすいのはアンデッドだということ。こいつ、どう見てもアンデッドじゃないんだが。
「駄目元で斬るっ!」
対して効果がないだろうと思いつつも私の頭を狙って、振りかざされた右腕の鉤爪の一撃を軽いステップで躱し、爪の根本をサーベルで斬り上げる。
紙でも切り裂くように簡単だった。
爪の根元を狙ったのにまさか、指一本を斬り落とせるとは。
「おや、意外と斬れる。アンドレ、効くようだ」
指を落とされ、怒りの形相で私を鉤爪と牙で狙ってくる攻撃を躱しながら、危険ではあるもののアンドレに近付くとその両手斧に祝福を与える。
彼の武器もこれで光の属性を付与されたのだから、対等に戦えるという訳だ。
「ありがとうございます、メル! この恩は夜にでも返しますよ」
「ん? 分かった。それでいいから早く奴を倒そう」
夜に返さなくても昼だって、いいだろうにアンドレは何を訳分からないことを言ってるのか。
おまけにあの意味ありげな薄っすらとした笑み、分からない。
何なの? 恩を返すのが夜でいいことがあるの?
いやいや、そんな余計なこと考えている余裕ないんだった。
私は目前の敵を倒すこと、それだけに集中する。
「てやっ!」
ステップで右に左にと躱しつつ、私が奴の右腕相手に躱しては斬りつける攻撃を繰り返している間にアンドレは両手斧をまた、扇風機のように振り回し、奴の左腕を完全に斬り落とした。
あの扇風機ずるいな……。
強すぎるだろう。
それによって、完全に体のバランスが崩れたゴブリン・イーターはドウッと轟音を立て、体勢を崩す。
「これはお前に殺された者達。キングの親の痛みだ!」
私は身体強化を目一杯使えるだけ使って、跳躍すると身体を回転させ、勢いをさらに増した一撃を奴の眉間に突き立てた。
「グギャー」
凄まじい咆哮を上げ、苦しむゴブリン・イーターだが眉間に深く突き刺さったキングのサーベルに脳まで損傷していたのか、動きが緩慢になっている。
その隙を見逃すような人材が神聖騎士団で副団長補佐などという重要な役を任されはしない。
アンドレは下段から両手斧を思い切り振り上げ、奴の首を斬り上げ、この戦いは私達に軍配が上がった。
アンドレの一撃で頭を失ったゴブリン・イーターの身体は力を失うとやがて全く、動かなくなった。
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