第5話 何秒で片付けますか?

 迷宮都市イトリッツの経済を回しているのはこの町の郊外に巨大なダンジョン『不帰の迷宮』が存在しているからだ。

 『不帰の迷宮』がいつから、そこにあったのかを知る者は誰もいない。

神々が現世にいた時代から、あったとも伝えられるその大迷宮は神が作ったとも悪魔が作ったとも言われるほどに広大で地の底に続く程、深い。

 最深部が冥界へと繋がっていると主張する学者もいるが誰も確かめた者などいない。

 踏破した者がいないから、『不帰の迷宮』なのだ。

 だがそのお陰でダンジョンの探索を生業とする冒険者の来訪が絶えることはない。

 イトリッツはそれによって、成り立っていた。


 🌳 🌳 🌳


 私とアンドレは期待と少々の不安を胸に抱き、『不帰の迷宮』へと足を踏み入れた。

 迷宮というから、てっきり中は石造りの武骨な通路や部屋が続いているのかと思っていたら、普通に空や森が目前に広がっているのでびっくりする。

 迷宮探索といってもこんなに開放的な場所を探索出来るのなら、冒険している気分が味わえて楽しそうだ。


「なあ、アンドレ。私たちは冒険者になったばかりだから、Eランクだろう?」

「そうですよ。あまり、いいクエストは受けられないし、今のランクだと五階層までしか、許可が出ませんね」

「そうか。仕方がないな。しかし、特にクエストなど受けてこなかったがいいのか?」

「今日は下見ですからね。メルはすぐに突っ走るから、どこまで潜ろうと思っていたんですか?」

「ぐぅ、そ、そんなことは考えておらん」


 図星だった。ランクによって、挑戦可能な階層があるなんて、知らなかったのだ。

 行けるところまで行ってしまえばいいと思っていたのは事実だがバレてないから、問題ないだろう。


「メル、ご丁寧にお迎えが来たようですよ」

「そのようだな。冒険者はゴブリン退治から、始めるものだと聞いたぞ」

「何です、それ? 聞いたことないな」


 深い森の中、細い道を歩き、次の階層への入り口を探す私達の前に小型の鉈や戦斧を手にした魔物ゴブリンの群れが現れる。

 ゴブリンは魔物の中でもそれほど等級が高いものではない。

 背丈も人の子供より少々大きい程度と体格も大したことがないし、魔法や特殊な技術を有する者が少ないせいだろう。

 そうは言っても数に物を言わせた戦いを仕掛けてくるので駆け出しの冒険者にとっては十分に危険な存在だ。

 何より、前世の知識ではゴブリンと言えば、冒険する際にまず戦う敵と言ってもいいくらいテンプレ化された存在だ。

 私は今、その幸福感を噛み締めている。

 ファンタジー最高!


「十匹くらいか? 右はアンドレに任せる。私は左を片付けよう」

「了解。何秒で片付けますか?」


 私はアンドレに『バーカ!』と目配せすると二振りの剣を抜きながら、手近にいたゴブリンへと駆け出していく。

 身体強化で筋力だけでなく、脚力を強化しているから、間を詰めるのはあっという間だ。


「まずは一つ」


 左手のショートソードでゴブリンの心臓を貫き、右手のブロードソードで奴の頭に胴体とのお別れを体験させてやる。

 宙を飛んでいくゴブリンの顔には驚愕の表情のまま。

 何が起こったのか、分からないまま、死んでしまったのだから、仕方がないだろう。

 一瞬で間を詰められ、恐慌状態に陥ったゴブリンは武器を構えようとしているが隙だらけだ。


「遅い。そんな腕で私の前に立つとは笑止」


 未だ、鮮血が噴出しているゴブリンの身体を蹴り飛ばし、ショートソードを乱暴に

引き抜き、私は次の獲物に向かう。

 横目でチラッとアンドレを見ると奴は重そうな両手斧をいとも簡単にぐるぐると振り回し、周囲のゴブリンを物言わぬ肉塊へと変えていた。

 あれではまるで扇風機じゃないか。


「十秒ですか。こんなものですかね」

「仕方あるまい。慣れた武器ではないしな。騎士は二刀流での訓練をそこまでせんだろう? アンドレも両手斧は不得手だったのではないか?」

「いいえ、俺の家は代々、両手斧を使ってたんですよ」


 アンドレはやや視線を逸らし、どことなく暗い表情で言った。

 こいつがこんな顔をするなんて、珍しいこともあるものだ。

 いつも明るい表情で笑顔を振りまいてくれる私のオアシスだったこいつが……。


「俺の親父は……処刑人エクスキューショナーだったんです。代々、そういう家だったんです。俺はそんな家が嫌でしょうがなかった」

「だから、騎士になろうとしたのか?」

「騎士になるのが夢ってのは嘘です。本当は」

「嘘だったのか。そういう嘘はよくないと思うぞ」

「あなたの側にずっといたかったからです。あなたは俺の太陽だから」

「ぐはっ」


 いけない。

 痛恨の一撃みたいなのをいただきましたよ。

 その顔でそんなこと言われて、絆されない訳ないじゃないか。

 アイドル候補生のJr時代から応援していた推しの少年がいたとして。

 その少年がアイドルになって、自分に告白してくれるって、何というご褒美!

 思っていたお姫様じゃないけど、これはこれでありじゃない?

 神様か、何か知らないけど感謝しておこう。


「家を飛び出した俺の心はずっと雲に覆われてたんですよ。そんな心でふらっと騎士団に入って、誰にでも認められるくらい出世すれば、家のことなんて忘れられるなんていう不純な動機だったんです」

「そうだったのか、お前、あんなに無邪気な笑顔でそんなこと考えていたのか。私はお前のことを何も知らなかったのだな」

「いいえ、メルはそれでいいんです。そんな不純な俺を照らしてくれた太陽があなただったんです。眩しいくらいの笑顔を振りまいてくれる。こんな俺にまで。だから、俺は騎士になろうと。あなたの側にいたい、それだけでね。駄目な奴なんですよ」

「そんなことない。アンドレくらいだ。私のことをまともな女として扱ってくれるのはお前だけ」


 私達はいつの間にか、肌が触れる距離に近付いていた。

 アンドレは私を優しく、労わるように抱き締めてくれる。

 私はそれに応えるように彼の背中に手を回して、ちょっとだけ力を入れ、抱き締める。


「あなたはずっとお姫様ですよ。俺の大事なお姫様」

「アンドレ……私も好き」


 好きは聞こえないように小声で言った。聞こえていたら、恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。

 しかし、何か、大事なことを忘れているような気がする。

 暫くして、我に返った私達は熟れたトマトのような顔で俯きながら、次のフロアへの入り口を探すのだった。

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