第3話 くっころって言いたかっただけですか?
「わ、わたしはメリーですぅ。あなたのような騎士様は知りませんわー」
我ながら酷い。
棒読みである。
自分でもここまで演技力がないとは思っていなかった。
おまけに頭をフル回転させて、考え出した言い訳がコレである。
何でコレでどうにか、なると思った私。
しかし、前世も平和だったし、こんな状況になったことがないんだよ!
どうしろっていうのか。
「へえ、メリーちゃんなんだ? あれ? 二歳上でしたよね? おかしいな」
こ、こいつ、私の部下だった時、こんな表情をしたことなかっただろう?
何だ、そのニヤニヤと馬鹿にしたような顔して、私を見下ろしてきて。
「お前、アンドレアスの癖に生意気ではないか? そのような口を私に聞いて、いいと思っ……あっ」
「ほら、やっぱり、閣下じゃないですか」
Nooooo!
完全にバレているではないか。いや、バレているのは分かっていたんだ。
どうやって乗り切るのか、だったのに自分から、身バレしてどうする!
「え? ち、違うわ。わ、わたしーはそこらぁーにいる普通のエルフの娘のメリーですしぃー」
「それで何で目を逸らすんですか?閣下はいつも、人の目を見て話せと仰る方でしたよね」
こいつに勝てそうな気がしない。
解せぬ。
私が上司だった時は素直でいい子だったじゃないか。
何でこんな妙な意地悪をしてくるのだ。
「くっ、殺せ。もう、煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「い、いやいや、閣下。何を仰ってるんですか? もしや、くっころって言いたかっただけですか?」
私も責任ある副団長まで務めたのだ。
騎士としての誇りを捨てた訳じゃない。
覚悟を決め、見下ろしてくる元副官のアンドレアスの視線を真っ向から受け止め、睨みつけた。
するとなぜか、奴の方が狼狽えだした。
何故だ?
「だ、だって、お前……私を連れ戻しに来たのだろう? お前がここにいる意味がそれ以外にあるのか?」
「私……いえ、俺の恰好を見てください。騎士はやめてきました」
アンドレアスの奴は降参とばかりに両手を上げると私の方が焦るようなことを言い出した。
騎士を辞めただと!?
「お前、騎士を辞めた? 騎士になりたかったお前がなぜだ!」
奴に詰め寄って、首を締めあげてやりたいところだが物理的に無理なのだ。
女性にしては長身の私だが成長期が過ぎた頃には奴に体格で完全に負けていた。
その差はいかんともしがたく、詰め寄ったのいけなかった。
周りに誤解されて、面倒なことになりそうだ。
『まぁ、痴情のもつれかしら』『俺もあんなきれいな姉ちゃんに迫られたいぜ』などと聞こえてくる。
いや、違うからね。
迫ってるんじゃないし、むしろ怒ってるのだ。
「閣下。いえ、メル様のいない騎士団は俺にとって、いるべき場所じゃない。俺との約束、忘れましたか?」
「約束だと? それはまさか、本気なのか? あれは上司と部下だからであって……」
「ええ、本気ですよ。俺はあなたに付いていきますよ。嫌だって言われても付いていきます。この世の果てでも何でもね」
やばい。
かっこいい。
それじゃなくてもアンドレアスは元々、私のタイプだったのだ。
前世も今世も恋愛経験に疎い私は一目惚れなんて、存在しないと馬鹿にしていた。
そんな私の前に見習い騎士として現れ、騎士になると熱く夢を語る少年がアンドレアスだった。
見た瞬間に恋に落ちるという感覚を味わったのは初めての経験だった。
男の子として、育てられたのにこんな思いを抱く自分を許せず、過酷な訓練に自ら身を置いても思いは消えるどころか、強くなる一方だった。
そんな相手にこんなプロポーズみたいなこと言われて、心が揺らがないはずがない。
そんなの人間じゃないっ!
あっ……私、エルフだったわ。
セーフ! セーフ!
「ほ、本当にいいのか? 私などに付いてきて、お前の夢を諦めても」
「俺の夢は騎士になることだけだって、思ってますね?」
「違うのか? そう言っていたじゃないか」
「俺が騎士になりたかったのはあなたを守る騎士として、側にいたかったからです」
「しょ、しょうなの?」
噛んだ。
このシリアスな場面で噛むとは一生の不覚。
あー、もう今にでもその胸に飛び込みたい衝動に駆られるけど、騎士としての心がそれを踏みとどまらせている。
負けるな、自分。
私は誇り高き神聖騎士団の獅子。
「か、かわいい」
アンドレアスの奴は言うに事欠いて、私のことをかわいいなどとほざいただけではなく、ギュッと抱き締めてきた。
詰め寄ろうと息がかかる距離に近付いていた私は避けることが出来なかった。
『ひゅーひゅー、お幸せに』とか、『外野がうるさいわ』と心の中で文句を言いながらも私はいつしか、彼の背中に腕を回して、お互いを労わるように抱き締め合う。
もう国を出たんだ。
騎士でもない、姫でもない。
自由に生きるって決めたんだ。
だから、もう彼への思いを我慢しなくてもいいんだ。
そう思うと少し、気が楽になった。
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