第2話 私メリーちゃん冒険者になるの
私の逃亡計画は完璧だ。
練りに練った逃亡計画に抜かりはない。
嘘です。
出来心です。
許してください。
そんなに凝った逃亡計画など立てられなかった。
何しろ、時間がないのだ。
早く逃げなきゃね。
「おや、姫様。今日は朝早くから、どちらへ行かれるのです?」
「たまには早起きするのも悪くないだろ? ちょっとブランシュで遠乗りでもしようと思ってね」
「それは良い考えにございますね」
ふぅ、危ない。
メイド長に出くわすとは思わなかった。
どうにか誤魔化せたみたいだから、このまま厩舎に向かうとしよう。
「ブランシュ、お前は一緒に来てくれる?」
ひひん、と返事のようにいなないてくれる私の純白の愛馬ブランシュ。
子供の頃からの付き合いになるので別れるのが忍びないのだ。
だから、一緒に行こうと思う。
「姫様、どちらまで? お一人では危のうございますぞ」
「ふふん、ちょっと遠乗りをするだけだよ。朝の散歩替わりさ。それに一人でも平気だよ。私を誰だと思っているんだい?」
「はっ、これは失礼しました」
城門の衛兵に訝しげに声を掛けられたが私には騎士団の副団長という肩書があるのだ。
これを最大限に利用して、ついに……ついに……城壁の外に出たのだ。
やったー!
「ブランシュ、少し急いで離れよう」
ひひーんといななき、速度を心無し上げてくれるブランシュは本当に賢くて優しい子だ。
特に追手というか、見張っている者もいないようだが念には念を入れて、街道を三十分ほど進んでから、逃亡計画の第二フェイズに移行することにした。
身体を隠せそうな茂みがあったのでそこでとにかく目立って仕方のない騎士服を脱ぐことにした。
そして、密かに持ってきた着替えの服へとチェンジすれば、完璧。
バイバイ、男装の麗人!
こんにちは、ペールミント色のワンピース!
これで今日から私は自由なエルフの冒険者になるのだ。
しかし、着替えてみてから、すごく違和感を感じる。
このワンピース、肩口まで露出しているから二の腕まで丸見えなのだ。おまけにミニスカートに近い、太股あたりまでしかない裾丈だから、足がすーすーする。
これは多分、私がずっと男装を強制されていたから、スカートをはきなれていないせいだろう。
それと目立つ髪のウェーブがかかった縦ロールをストレートに戻す。
さすがにこれだけ、やってしまえば、私が姫だってことも騎士だってこともバレやしないだろう。
誤魔化す為に持ってきたマントを羽織って、うん、完璧じゃない?
完璧すぎたんだろうか。
美しいのって罪なのね。
とか、自分に酔っている場合ではない。
どうしてこうなった?
再び、ブランシェに跨り、国境を越えて、隣の国の町へと急いでいたところ、囲まれてしまったのだ。
そう、いわゆる山賊さんってものに。
「エルフのお嬢ちゃん、一人でどこへ行くんだい? おじちゃんたちが一緒に行ってあげるぜ、げははは」
「楽しいとこへ連れてってやるぜ」
「はぁ……これだから、歴然たる力の差も分からないような輩には困る」
「あんだと、てめえ、ちょっとかわいいからってなめてやがるな」
いけない。
つい騎士だった時の癖が出てしまう。
女の子言葉にも慣れてないから、もうちょっとかわいく、言えばよかったのだろうか。
いや、この場合、そういう問題じゃない?
「私、先を急いでいるの。邪魔をすると怪我で済まないけどいい?」
こういう時、どうすればいいか。
排除すればいいのだ。
という思考回路がスパルタで叩き込まれたものであることは否定出来ない。
ブランシュから降りると私と目で会話するかのようにスッとブランシュは少し、離れたところに動く。
アイコンタクトを理解して、動いてくれるとかどれだけ、賢いのか。
「警告はした。風の刃よ、我が敵を切り裂け」
翳した右の掌から、勢い良く放たれた五枚の真空の刃が下卑た顔で私に近付こうとしていた山賊たちの服だけを器用に切り裂いていく。
数秒もしないうちに下着以外何も身に着けていない恥ずかしい姿の男どもの姿があった。
「命までは取らないよ。改心して真人間にな」
「ひぃぃぃ、お助ええええ」
失礼な奴らだ。
私の言葉を最後まで聞かないうちに走り去っていくとは。
そんなちょっとしたハプニングはあったものの快適に街道を駆け抜け、私は無事に国境を通り抜けた。
国境といっても語弊があって、そこに検問が設けられているだとか、超えるのに特殊な許可証がいるとか、面倒なことはいらないのだ。
国境を抜けるとそこは隣国の公爵領に入るのだがその公爵領と我が国の結びつきが非常に強いのでいわゆる、フリーパスで出入り出来ちゃうのだ。
ロマール公爵領最東端の町イトリッツ。
冒険者の町。迷宮都市。そう呼ばれている冒険者によって、町の経済が成り立っているといっても過言ではない特殊な町だ。
冒険者として、華麗に可憐に生きていきたい私にとって、スタート地点にするのにこれほど向いた町はない。
冒険者の町というだけあって、目抜き通りには幅広いニーズに応えるべく、様々な外装の旅館が軒を連ねている。
定宿とすべく、落ち着いた雰囲気で店主が女将の宿を選び、ブランシュを預けると私は本来の目的である冒険者ギルドへと向かった。
「えーと、お名前はメリーさんですね」
「はい」
「こちらがギルドカードとなります。身分の証明にもなりますので紛失しないように注意してください。何か、他に気になることがございますか?」
「いいえ、ありません」
「良き冒険に幸あらんことを」
今、この時を持って、憧れの冒険者ギルドで私は冒険者になったのだ。
お姫様になりたいと願って、そうじゃないとへこたれそうになりながらも頑張って、耐えてきた。
この日の為だったのだ。
登録も終わり、今日はもう宿に帰って休もうと冒険者ギルドを出た私はもう、とにかく浮かれていた。
もうくるくると一人で踊り出すくらいにね。
通りを行く人々に奇異な物を見るような目で見られている気がするが気にしない。
だって、私は今、最高に幸せなんだから。
「にゃはははは、これで私は今日から冒険者よ。やったー! 私の大勝利!」
あまりに浮かれていた私はくるくる回っているうちにポフンとやや硬い物体に当たった。
何、この感覚?
「いやあ、楽しそうで良かったですね、閣下」
よく覚えている私の好きな声が上から聞こえてきて、首がギギギと鳴るような錯覚とともにぎこちなく、見上げた。
私の良く知っている顔が私を見下ろしている。
まずい。
これは激しくまずい。
私はこの場をどうやって、乗り切ろうかと頭をフル回転させるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます