The brilliance of life


今から10数年前、都会とも田舎とも言えない、


中途半端な場所で僕は産まれた。


優しくて頼りになる父、怒ると怖いけど家族のこ


とを1番に考えてくれる母。


そして、僕の数年後に産まれた、やんちゃで


可愛い妹。


ごく普通の一般家庭だった。


唯一、他と違ったのは、僕の目には人や動植物、


あらゆる生物の寿命が見えたことだった。


初めは母に相談していたが、子供の戯言と思われ


たのか、まるで相手にされなかった。


だから僕は、次第にそのことを口に出さなくなっ


た。


5歳の頃に、僕はもう1つの能力に気がついた。


それは、生き物の寿命を操ることが出来るという


ものだった。


母が庭に植えて大切に育てていた、マリーゴール


ドを誤って踏み潰してしまい、ふと花の横


にある雑草に目がいったとき、


この雑草が花の代わりになればいいのに


と馬鹿げたことを考えた。


すると、みるみるうちに雑草が枯れ、反対に、


マリーゴールドは美しく立ち上がった。


それと同時に、僕の能力は世界の理を逸脱する、


恐ろしいものだと悟り、人に口外してはならない


と心に誓った。


幸い、誰も僕の能力には気づいていないようだっ


たので、少し安心した。


この頃はとても幸せだった。




僕の幸せが瓦解したのは、それから間もなくのこ


とだった。


雨が激しく降り、強風が吹き荒れる、視界の悪い


日だった。


当時小学生だった僕は、普段通り、行ってきます


と元気に家を出た。


家族も笑顔で見送ってくれた。


しかし、僕が次に3人に会ったのは、四方を壁に


囲まれた、薄暗い部屋の中だった。


そこでは、僕以外の誰も呼吸をしておらず、


僕以外は皆、白い布を顔にかけて横たわってい


た。


並んで寝ている3人の頭上には、細い棒から


煙が上がり、傍らには花が添えてあった。


その日は偶然、父の仕事が休みで、3人でドライ


ブに行っていた。


山道の急カーブに差し掛かったとき、対向車線か


ら居眠り運転のトラックが猛スピードで向かって


来たらしい。


即死だったと警察の人が言っていた。


トラックの運転手は一命を取り留め、今は病院で


治療中だとも伝えられた。


僕は眼前が真っ暗になった。




本当は、全部知っていた。


死に方までは分からないにしろ、寿命は見えてい


た。


敢えて黙っておいたのだ。


家族を怯えさせないように、そして、自分の能力


を否定するために。


もしかしたら、自分には能力なんか無くて、幻覚


が見えているだけだ。


仮に、自分の能力が本物なのだとしても、運命は


覆ると思っていた。


信じたかった。


人間がこんなにも脆く儚い生き物だということ


を、当時の僕は理解していなかった。


真っ暗な眼前に広がってきた、どす黒い感情。


怒り、悲しみ、そして憎悪。


憎い。


僕の宝物を、幸せを、家族を奪っておきながら、


自分はのうのうと生き永らえているトラックの


運転手。


人間を脆くて弱いものとして生み出した神仏。


僕の生まれ持った能力。


そして、運命を知っていたにも関わらず、変えよ


うとしなかった自分自身が。




家族を生き返らせようとは思わなかった。


やろうと思えば出来たのだが、家族に合わせる顔


が無かったから。


今僕のやるべきことは、運転手への復讐と、運命


から目を背けた自分を戒めることだ。


不思議と涙は出なかった。




数日後、運転手の意識が戻ったらしいので、面会


という名の尋問に向かうことになった。


お前が来い、と言いたくなったが致し方ない。


この数日間、僕に掛けられた声は、どれも似たり


寄ったりでつまらなかった。


可哀想とか、辛かったね、だとか。


思ってもいないくせに。


思っていても、何も手助けしてはくれないくせ


に。




病室に着き、初めて対面した運転手の姿は、予想


よりも傷だらけで、身体には何本かの細い管が着


いていた。


ガリガリに痩せ細っていて、目元には濃い隈がく


っきりと刻まれていた。


立ち上がることもままならない、不健康な身体の


運転手は、僕を見るなり顔を蒼くして、物凄い勢


いで泣きながら謝罪をしてきた。


申し訳ない、本当に申し訳ない、と。


いくら謝られても、僕の家族はかえってこない。


けれど、自分よりも弱そうで今にも死にそうなこ


の人を見ていると、相手への憎しみよりも、喪失


感の方が勝ってしまい、僕はどうすることも出来


ず、呆然と立ち尽くしているだけだった。




復讐するという目的も無くなってしまった僕は、


家族と4人で住んでいた家から、車で2時間くら


いの場所に住んでいる祖母の家に引き取られるこ


とになった。


祖父は、僕が生まれる数年前に他界したらしい。


祖母はとても優しかった。


自分が憎くて堪らなかった僕も、祖母の掛けてく


れる言葉一言一言に救われた。


寿命は変わらず見えていた。


僕はまた、目を背けた。





中学3年生になった僕は、学校から帰宅して玄関


の扉を開けたときに、ふと違和感を覚えた。


いつもなら、おかえりと出迎えに来てくれる祖母


の姿が無かったからだ。


この数年間、僕は一度も祖母の顔を見ていない。


顔を見なければ、寿命が見えないことに気づき、


再び運命から逃げ出した。


リビングの扉を開け、大量の血を流して俯せで倒


れている祖母の姿が目に入った。


慌てて駆け寄り、抱き起こした祖母の身体は、


もう既に冷たく、硬直していた。


顔を覗き込んでも、寿命は見えなかった。




警察に電話をして、大きく見開かれた祖母の目を


閉じてやった。


そこで初めて、荒らされてぐちゃぐちゃになった


部屋の中に気づいた。


今度こそ、犯人を許さない。


僕はもう、逃げない。




部屋に残された指紋などから、犯人は直ぐに捕ま


った。


金品を盗んでいるとことを祖母に見られ、焦って


刺し殺してしたったらしい。


どうして、こんな人間が長生きできて、何も悪い


ことをしていない、僕の家族が死ななければなら


なかったのだろうか。


犯人と対面したが、まるで反省の色が見えず、


謝罪も無かった。


そこで心が決まった。


犯人の寿命を1日だけ残して、全て奪った。


後悔はない。


それどころか、清々しい気分だった。


明日にはここに奴の死体が転がるのだと思うと、


少し面白い。


明日が楽しみだ。




朝、携帯のアラームで目を覚ます。


懐かしい夢を見たな。


祖母が亡くなって、初めて人の命を奪った日の


夢。


今ではそれが日常になっている。


僕は今、地元を離れ、故郷よりは少し都会に近い


所に1人で住んでいる。


県内の高校に通い、帰宅後は『寿命屋』として薄


汚い大人たちの依頼を請けている。


そういった大人たちは、なかなか金払いが良いか


ら、金銭面では余裕がある。


僕も汚い人間になってしまった。


綺麗だった空のことなど、覚えていない。


見えるのは、大人たちの歪んだ笑顔とアスファル


トの黒、鈍色の空くらいだ。


結局僕は、狭い世界から、この檻の中から出るこ


とは叶わない。


寝汗を洗い流すためにシャワーを浴びる。


僕には落ち着ける時間も場所もない。


濡れた頭をタオルで拭きながら、熱いコーヒーを


飲む。


テレビをつけて、特に意味もなくニュースを聞き


流す。


あと数分後には支度を終えて、学校へ向かわなけ


ればならない。


寒くなってきたから、シャツの上にパーカーでも


着ようかな。


制服を着てマフラーを巻き、家を出る。


今日も、この世界は、煩い。




この仕事は、人の寿命を奪って欲しいという


依頼が殆どだが、稀に、増やして欲しいという依


頼もくる。


奪った寿命は、僕の寿命に加算される。


与えた寿命は、僕の寿命から差し引かれる。


奪えば奪うほど、僕は長生きしてしまうので、


与えるときは出来るだけ多めに与えるようにして


いる。


その甲斐あってか、僕の寿命は最初と差程変わり


ない。


こんな世界で生き永らえたいとは思っていない。


こんな世界、消えてしまえばいい。


そう思い、俯きながら学校へ向かう。




今回の依頼は、与える仕事だ。


約束の場所まで行くと、30代くらいの夫婦がい


た。


どうやら、あの2人が依頼者のようだ。


眼鏡をかけた温厚そうな男性に、すらりとした体


型に、理知的な表情の女性だ。


僕の父と母に似ていた。




彼らの娘が、病にかかり、余命が残り3ヶ月なの


だという。


お決まりのパターンだ。


いつもはそのまま対象を見て、寿命を与えて終了


にするのだが、今回だけは、ちゃんと話をして


みたくなった。


それが何故なのかは分からない。


依頼者が自分の両親に似ていたからかもしれない


し、自分の中で、何かを終わらせたかったからか


もしれない。


或いは、その両方。




対象は、明るく朗らかな女の子で、病気にかかっ


ているだなんて嘘かのような屈託の無い笑顔を浮


かべていた。


初対面の筈なのに、懐かしい感じがした。


途端に、腹の奥から、熱い何かが込み上げてき


た。


初めはそれが何なのか分からなかったが、自分の


頬を流れる筋が、地面に染みを作っていくのを見


て、やっと理解した。


家族が皆亡くなって10数年、一度も泣かなかっ


た。


なのに何で、今、泣いているんだろう。


女の子は少し驚いた表情をした後に、優しい笑顔


で、僕の頭を撫でた。


それがとても心地よくて、安心して、また涙を流


した。




それから毎日、僕は女の子に会いに行った。


自分の生い立ちを、事細かに話した。


自分のことを他人に話すのは初めてのことだった


から、あまり上手く語れなかったのだが、


それでも女の子はいつも話を親身に聴いてくれ


た。


その女の子は、ハルという名前だと教えてくれ


た。


ハルは、僕の知らないことを色々知っている。


僕よりも歳下なのに。


僕は、他人の話にはあまり興味が無かったが、ハ


ルの話は何故か、聞いていて飽きなかった。


出会ってまだそんなに時間が経っていないのに、


僕らは実の兄妹のように仲良くなった。


ハルと話しているときだけは、喧騒を忘れられ


る。




病院の外に置いてあるベンチに並んで腰を掛け、


色々な話をした。


ハルはとても物知りだった。


ベンチの近くにある池に泳いでいる魚の種類や、


草むらにいた虫の名前。


空を見上げれば、星座や雲の形まで。


ずっと病室で寝ているのが暇で、本などを読んで


知識を身につけたらしい。


しかし、学校には通えておらず、勉強だめだっ


た。


いつか、皆と同じように学校に行って、友達を作


って、休みの日に遊ぶのが夢なのだという。


僕が当たり前に出来ていたことが、この子にとっ


ては、とても幸せなことなのだと改めて実感し


た。


そして僕は、勉強を教える代わりに、ハルの話を


もっと聞きたいと提案した。


ハルは嬉しそうに頬を赤らめ、もちろん、と笑顔


で賛同してくれた。




ハルの学習能力は非常に高く、一度教えただけ


で、大体のことは理解したようだった。


1つ知識が増える度に、それを喜んでいる。


僕は、その姿を見るのがとても楽しかった。




ある日、ハルの両親が、僕も一緒に暮らさないか


と提案してきた。


嬉しかったが、いくら仲が良くても他人は他人。


申し訳ないから、と断った。


だが、ハルが4人で暮らしたいと何度も言うの


で、仕方なく世話になることにした。


何故、自分がこんな行動をとっているか、本当に


理解出来ない。


普段は、依頼者にも対象にも情は入れない。


ただ、3人といると、僕にも家族が出来たように


思えて、少し嬉しい。




ハルの一家で暮らしておよそ1か月、この環境に


も慣れてきたところで、ハルの容態が少しずつ


悪くなっていった。


元々良くは無かったが、今は常に苦しそうだ。


代われるなら代わってやりたい。


しかし、今は自分の寿命分しか与えることが出来


ない。


以前なら、自分が死のうとどうだって良かった。


でも、今は、死にたくないと思ってしまう。


この環境が、今までに無いほど幸せだから。


自分よりも世界を知らない、幼いハルの灯火が消


えかかっているにも関わらず。


数日前に、ハルの両親に、この能力の仕組みを説


明したら、無理して自分の寿命を与えなくてもい


いのだと言われた。


実の娘が苦しんでいるのに、知り合って1か月そ


こらの、寿命を操る能力を使って、商売をしてい


るような人間のために、寄り添ってくれた。


その恩を返したい。


そろそろ覚悟を決めなければならない。




3人を呼んで、リビングで向かい合って座る。


僕は自分の覚悟を、3人に語った。




「見ず知らずの僕に寄り添ってくれて、本当にあ


りがとうございました。


この1か月、自分の知らなかったものを、沢山知


ることが出来た。


ハルに出会うまで、僕は、空の美しさを知らなか


った。


世界の広さを知らなかった。


自分がとても嫌いだったんだ。


10年前に亡くなってしまった、僕の家族が、


かえってきてくれたみたいに幸せだった。


今まで、人の命を奪うことしか出来なかったけ


ど、これでやっと、人の命を救える。


やっと胸を張れる。


俯いてばかりで、アスファルトの黒色や、空を見


上げても鈍色に見えるくらい荒んだ心を持ってい


たのが嘘かのように、今は、色々なものが、鮮や


かに、明るく見える。


喧騒も悪くないって、思えるようになったよ。


ありがとう。


僕を救ってくれて。


...本当に、ありがとう。」




そう言い終えたとき、母は手で顔を覆い、涙を流


していた。


父は唇を噛み、母の肩を抱いて愛おしそうに此方


を見ていた。


妹は病気で弱っているにも関わらず、反対側の席


から僕の方に駆け寄ろうとしていた。


皆の動きがスローに見える。


今は、死ぬのが怖くない。


血は繋がっていないが、妹のように可愛いハルの


ために、この命を燃やせるのならば、本望だ。




長生きしろよ




笑顔で自分の手をハルに向け、寿命を全て与え


る。


これで終わりだ。


決して長くはなかったけど、悪くなかった。


窓から見える夕焼けの空が紅々と輝いていて、


とても綺麗だ。

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