02.潤いは乾きから
「全く……勝手に進みおって。はぐれたらどうする気だ。こんな一面砂の大地で迷子探しなど勘弁だぞ」
「…………」
汗を垂らしながら、シキは視界から消えかけていたネオンへと追いつく。
暑さなど気にせず先行く彼女に追いつくのは至難の業だと思われたが、意外にもあっさりとその背中を捉える事が出来た。
と言うのも、ネオンは着の身着のままに歩みを進めるかと思えば砂漠の真ん中で立ち止まっており、かといって振り返るでもなく前方を見つめ立ち尽くしていたのだ。
ぼーっとしている彼女へ、シキは暑さにうんざりしながら退却を伝える。
「ネオン、一旦前の街へと戻るぞ。お前は平気かもしれんが私達の体力が持たないのでな。装備を整え再度横断をするか、別のルートを考えるか。兎にも角にも砂上で悩むには重過ぎる議題だ……って、聞いているのか?」
シキの問いかけにも反応せず、呆然と立ち尽くすネオン。
彼女の様子を不審に思い、シキは咄嗟にネオンの肩を叩いた。
「おい、まさか立ったまま気絶しているのではあるまいな!? 平気なふりをして無茶するな! そ、そうだ。今すぐ水を……」
荷物から水を取り出し、ネオンの口へと手渡そうとした。その時だった。
「……正気か?」
目の前へ、植物に囲まれた大きなオアシスが現れたのだ。
水を取り出す一瞬の間に、今の今まで何も無かった乾いた大地の上へ、青々と生い茂る緑と潤い溢れる湖が出来上がっていた。
ついに暑さでやられたか?
シキは不調から幻覚の類いでも見ているのではと感じ、ネオンへ渡す予定だった水を一口飲み込んだ。されどその幻は消える事無く、二人の前で輝き続けている。
そして光溢れる生命の中から、シキはあるものを見つけ出す。
「あれは……家? 何故このような砂漠に」
オアシスの主と言わんばかりに、白い屋根の小さな一軒家が湖の中央に建てられていた。
間違いなくこんなオアシスも、それどころか水源やツヤのある植物の一切も無かったはずだ。
前の街で聞き込みをした際も、このような噂など聞いていなかった。耳にしたのはただ一つ。あるかも分からないお宝の存在のみ。
「まさか……。あるのか。ここに」
シキはゴクリと生唾を飲み込む。
突如として現れた空間に、失われし記憶の断片を感じ取る。
行くしかない。
今ここを離れたら二度とお目にかかれないかも知れない。
偶然現れた必然に、シキは瞳をギラギラと輝かせ自然と笑みが零れていた。
そこへもう一人、迷子になりかけた少女が追い付いた。
「もう! 二人して何を立ち止まっているのですか! 早く帰ってルートを考え直しますよ。無論、私は砂漠横断には反対しますからね!」
エリーゼは砂漠の真ん中に留まる二人の手を握り、砂上に作った足跡を辿って来た道を戻ろうとした。しかしエリーゼの意志に反し二人はその場を動こうとせず、結果として彼女が二人に引っ張られる構図になった。
「なっ、どうしたのですか二人とも。一刻も早く街へと戻り、私はたっぷりと水分を補給したいのですが……」
エリーゼは不服そうに振り返る。
我がままな子供の相手をするように、動こうとしない二人を説得しようとした。だが、突如として目の前に現れたその空間を見て、エリーゼも同じくひたすらに動きを止めるのであった。
「オア……シス……? そんな、水気なんてどこにも感じられなかったはずなのに……!」
水分を必要とする氷の使い手は、人一倍水気には敏感であった。そんな彼女は、己が感知出来ない湖の存在が不思議でならなかった。
「ネオン、エリーゼ。引き返すのは無しだ。ひとまずオアシスの……あの白い家へと向かうぞ。いいな」
「はっ……はい!」
「…………」
エリーゼは戸惑いながらもシキの意見に同意し、そしてネオンもまた小さく頷く。
それは暑さが見せた幻か。それとも砂漠に開かれた現実か。
新たに現れた選択肢を手繰り寄せ、三人はまだ見ぬこの世界の奥深くへと歩みを進めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます