33.触れるもの全て
屋敷一帯が怪しいエーテルと共に熱気に包まれる。
目が霞むような瘴気を前に、シキは敵を見失っていた。
「ぐっ……どうなった!?」
「
左からの莫大な一撃がシキの腹部を襲う。
爆ぜるような衝撃と共に、シキは壁際まで吹き飛ばされる。
「ぐはあああああああ!!」
しかし、壁に激突するより前に、次の紫炎がシキの命を狙い続けた。
「
肌が爛れそうな熱を帯びた右手が、宙を舞い続けるシキに下される。
それでもシキの身体は壁へも地面へもぶつからない。
「
「シキさん危ないッス!!」
まるでラリーを繰り返すかのようにシキを殴り続ける双子を前に、ミルカはチャタローごと割って入りシキを救い出す。
攻撃の手より逃れた事で、初めて敵の正体をその目に捉えた。
その姿は、アランブラともオーキッドも見て取れる、謎の存在であった。
「だ、誰だあれは……!?」
額には二本の角。両手にはそれぞれ青みを帯びた揺るぎない紫の炎と、今にも爆発しそうな赤みを帯びた紫の炎が。そして両耳にはエーテルコアと思わしき紫の耳飾りが、左右対称に垂れ下がる。
アランブラにオーキッドが合わさったとも、その逆とも言えるような異形の存在。そこには、シキ達を潰すべく生まれたダーダネラの戦士が立っていた。
「シキさん! どうするッスか!?」
現れたダーダネラの戦士は一人ではない。少なくとも二人の狂気が、シキ達を狙って地面を抉りながらその炎を振りかざしていた。
巨大化したチャタローの上で二人は次の策を考える。しかし対抗策が浮かぶよりも早く、ダーダネラの戦士達はその毒牙で噛みつこうとした。
「分断させます、二人とも下がって!!
遠方からエリーゼが叫ぶ。声が響き渡ると共に、シキのが放った斬撃の跡をなぞるように氷の壁が現れ、屋敷の大部屋を二つに分断する。
「二人同時に相手をするのは危険過ぎます! 各個撃破で一人ずつ……っ!?」
シキ達と合流したエリーゼは戦術を伝えようとした。だがそれより前に、ダーダネラの戦士は予想を上回る攻撃を繰り出したのだ。
「
紫炎の塊が、辺り一帯を覆い尽くすように現れる。
大部屋の一室どころではない。屋敷自体を包み込むほどの無数の塊が、火を放ったように燃え盛っていた。
「こんな量……どう対処すれば良いのだ……!?」
有利だと思っていた人数差すら簡単に覆される。
圧倒的な戦力の違いに、シキの勝利を信じる心がゆっくりと、しかし確実に蝕んでいた。
そこへ、外から強烈な攻撃が降り注いだ。
「
「
救援に駆け付けた新たな侵入者達が、屋外に存在する紫炎達を葬っていたのだ。
「シキてめぇ! まさか諦めてんじゃねぇだろうな!? アネさん助けず帰ってきたら俺がお前をぶっ殺してやるぞクソ野郎!!」
「外も、外から侵入を試みる者も、全てアタシ達が倒してやるさ。だからシキ、エリーゼ。アンタ達は目の前の敵に集中しな!!」
うおおおおお!!
「ストウム……エランダ……団の皆!! ああそうだ、私には心強い味方がこんなにもいるではないか。今更炎がなんだ。私達の倒すべきはあのダーダネラの戦士のみ。奴を挫く事こそがこの戦いに終止符を打てると言うもの!!」
揺らぎ始めていた男の心は再び、真っ直ぐと勝利を信じ始める。
男は戦場を翔るように走り抜け、紫炎の塊を宝石の抜けた短剣で切り裂いて行く。その刃に触れた炎は形が定まらなくなり自害する。
シキ達にとってこの炎の群れはもう、取るに足らない存在となっていたのだ。
「炎の群れは私が対処する。エリーゼ、ミルカ。ネオンを連れてダーダネラの戦士の相手を頼めるか?」
二人の少女は男の言葉を信じ、強く頷こうとした。その時だった。
「!? シキさん後ろっ!!」
作戦を練っていた一瞬の隙に、紫の炎はシキの真後ろへ現れていた。そしてその身体を輝かせ今にも爆発しようとしていたのだ。
「
エリーゼは必死に防ごうとする。しかし術の発動が間に合わない。
突然の出来事に見ているしか出来ないミルカとチャタローにも、振り向き様で攻撃が届かないシキにも、その攻撃は止められない。
万事休す。せめて被害だけでも防ごうと、伏せろと叫ぼうとしたシキの目の前で、それは突然消滅した。
「…………」
ネオンの手が紫の炎に触れる。それと同時に、炎はエーテルを失い煙となって消えていった。
「そうか……!! こいつらは言わばエーテルの塊、つまりネオン。お前が触れる事でも消せるのか!!」
コクリと、ネオンは小さく頷いた。
その頷きは今までのただの同意とは違う。私も戦える、シキの力になれるという意志の込められた、小さな小さな頷きであった。
新たな戦力を得たシキは改めて戦い方を考える。
「では作戦変更だ。ミルカ、チャタローと共にネオンを連れて炎の群れを回ってくれ。ダーダネラの戦士との戦いはチャタローがフリーの場合のみに抑えておけ」
「了解ッス!!」
「フンニャー!!」
ネオンも小さく同意する。そんな彼女の目にも僅かに、勝利を信じる炎は灯っていた。
「そしてエリーゼ、お前は私と共にあの忌まわしき敵を倒すぞ。奴らの攻撃は一撃で致命傷だ。氷の武器での攻撃を織り交ぜつつ、防御は怠るな!!」
「わ、分かりました。しかしシキさん。それではあなたは……」
「お前達に危害を加えようものなら私が全力を持って叩き潰す。それだけだ。例えこの命がここで尽きようとも、何としてでも奴らを止める!!」
その男は、覚悟を決めた者の目をしていた。
死んでしまっても構わないという、決死の覚悟を胸に灯した修羅の目だ。
黒髪の少女には、その目が恐ろしく映っていた。
「…………ダメです」
「ん、何がだ」
「今ここで死んでしまってもなんて、冗談でも言わないでください。そんな事私が絶対にさせません!!」
「エ、エリーゼ……お前……」
「私達は勝つのです。誰一人欠ける事無く、私達は勝利を掴み取るのです。でなければこの作戦には賛同できません。分かりましたか」
はぁ……、とシキは深く溜め息をついた。それは呆れでもなく、疲れでもない。彼女にそんな事を言わせてしまった自分に対する、後悔の溜め息だ。
「分かった。いいや、当たり前だ。誰一人欠ける事無くこの戦い、勝利するぞ。私達は守り切るのだ。守りたいものを掲げた、だったらもう負ける事などあり得はしない!!」
燃え盛る戦場の中心で、燃え盛る敵を前に侵入者達の結束はより一層固く強く結ばれる。
だが彼らと対峙するダーダネラの戦士はゆっくりと、しかし確実に荒々しく近づいて来る。
両手に灯り焦がれる炎はシキ達を焼き払おうと強く、強くひたすらに燃え続ける。
「
国を揺るがすほどの一撃は、再び祖国を守るため侵入者達へ放たれるのであった。
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