32.二つの太陽
突如屋敷内へと現れた巨大な岩盤を前に、魔物達は下品な笑い声を上げ門が開くその時を待っていた。
「本来二つのエーテルコアで開門する予定であったが、ここまで襲撃をされた今、この機会を逃せば作戦に支障が出る……。全く、何という事をしてくれたのだ奴らは!!」
倒れていた弟を叩き起こし、アランブラはギラリとした視線で二つの岩盤の様子を伺っていた。
「哀れな者共よ……」
岩盤の周りでは、集まった魔物達が門を開くためエーテルを注いでいた。
異空間へと繋ぎ、多くの人々が行き交える門。本来コアを使って使用するようなものが、ただの魔物のエーテルで補えるはずなど無かったのだ。
「うっ、な、ナンダ!? い、イキがクルし……ぐああああああ!!」
岩盤の近くに居た魔物が突然奇声を発し、体を蒸発させた。
「なっ!? お、おいドウイウ事だ!? なんでコイツ今……ぐっアアアアアアア!!」
続け様に魔物達はエーテルへと変換されていく。逃げ出す者も容赦なくその岩盤は吸収し、そして、表面に扉を示すような刻印が書き綴られる。
「さぁ! 現れよダーダネラの兵よ!! 北西の屋敷も、この愚か者共も、全て破壊し尽くすのだ!!」
岩盤の中心へ一筋の光の線が入る。門が、敵が、絶望が。今ここで終焉の幕が切って落とされる。
はずであった。
「させないよ!!
どこからか、老婆の声が聞こえた。それは、一定方向への侵入を許さない岩盤を精製する、術の発動であった。
不気味なエーテルを帯びた岩盤を囲むように、エランダの作り出した岩盤がぴったりと隙間を埋めていく。
「なん……だ? 何を……した?」
扉が開かない。国家を背負った作戦が発動しない。
予想外の事態に、アランブラは放心状態へと陥る。
「あ、兄上、あれを……! 扉が、完全に塞がれてやがる!!」
弟の言葉を聞き、やっと目の前に起きた事態を認識した。そして、その邪魔をしたのは他ならぬ他種族である事を、強く認識した。
「き……さまァ!! よくも、よくも私の作戦を!! 我らが民の聖戦を邪魔してくれたな!!」
「当たり前に決まってるだろう。アタシ達の土地を荒らしておいてアンタ達こそ何様なんだい!! それにねぇ、北西の屋敷にはアタシの知り合いだって住んでいる。アンタなんかにゃ襲わせはしないよ!!」
ギリリ……とアランブラは奥歯を噛み締める。
新たに現れた敵へ向け、ダーダネラの戦士は威圧的に攻撃の命令を下した。
「魔物共よ! 今すぐあの老婆を叩き潰せ!! 術の一つも使えないほど徹底的に!!」
だが、魔物達はどよめく。
彼らの上司は、アランブラは、仲間の魔物を犠牲にしていたのだ。そんな男の命令を聞くべきか否か、その判断を下せず身動きが取れないでいた。
命令に従わない魔物共を見て、アランブラはさらに怒りを高める。
「何をやっている!! 今すぐあの老婆と戦うか、それとも今ここで俺に殺されるか、どちらが良いかと選べと言っているのだ!!」
餓えた獣のように息を荒くしながら、アランブラは命令を下した。
いや、既にもう命令などと言う礼儀正しいものではない。それは脅しと言う、死と同意義の温情の欠片もない冷徹な言葉であった。
命の惜しい魔物達は無理やり心を揺り動かし、身体を老婆へと向ける。
あんな老婆一人ぐらいなら……。
見込みのある戦いに安堵しながら、魔物達は襲い掛かった。
しかし、それこそが誤算であった。老婆は、ただの一人でなど乗り込んでは無かったのだ。
「待ちな!! アネさんを傷つけたのはてめぇらだな? 我ら『ノース・ウィンド』はアネさんを助けるため、そして戦争開戦を防ぐため、今ここでてめぇらを叩き潰す!!」
うおおおおお!!
五匹の風馬に六人の盗賊、そして魔術雑貨屋の店主が不気味な屋敷へと現れた。
団長を、孫を、仲間を、兄弟を、守るべき者のために、彼らは今一度戦場へと足を運んだのだ。
そして本来認識できないはずの屋敷は、ネオンという存在が侵入していた事により世界へと露わになっていた。
偶然と必然が重なり、細い勝利の道筋は刻一刻とはっきり姿を表していく。
シキ達の勝利を求める感情が、あらゆる者のエーテルへと作用するのであった。
「ふざけるな!! 魔物共、あんなコソ泥風情など殺してしまって構わぬ!! さぁ、今すぐ襲い掛かれ!!」
グギャアアアアアアアア!!
生き残った魔物達は、死に物狂いで新たな侵入者へと襲い掛かる。しかし侵入者達も、無策で突入するほど甘くはなかった。
魔術雑貨屋の店主エランダは持ち寄った様々な魔道具を身に着け、手の平を屋敷全体へと向ける。
そして、大地を揺るがす特大の魔術が放たれた。
「
大地が揺れ、地面は裂け、建物は形を崩す。エランダが放ったのは大地震を起こす術。などではなかった。
「たっ、建物が、形を変えて……ぐああああああ!!」
あちこちで魔物の断末魔が上がる。
エランダの放った術は、土地一帯のエーテルを組み換え迷宮へと作り変える、大魔術中の大魔術であったのだ。
「ふむ、やはりエーテル頼りの建築をしておったか。普通十年やそこらでこんな大層な屋敷、誰にも気づかれずに出来る訳ないだろうさ」
エランダの作り上げた迷宮で、壊滅的だった魔物の群れもいよいよ戦力が切れていた。
彼女と盗賊団を止められる者はもう、屋外には存在していなかったのだ。
「チィ……やはり魔物共では使い物にならんか。オーキッドォ!! 我らであの侵入者共を蹴散らすぞ!!」
「あ、ああ!! 分かったぜ兄上!!」
アランブラは弟の顔を見る事も無く、屋外の敵一点を見つめ屋敷から出ようとしていた。
その時だ。兄弟を屋敷の中へと繋ぎ止める言葉が、勝利を諦めない男によって放たれたのは。
「まて、紫の兄弟よ。私達はまだ……負けてなどいないぞ!!」
生意気な男の言葉を受け、アランブラは振り返る。
そこには綺麗な黒髪をなびかせた氷の使い手、巨大化した猫とそんな獣を操る盗賊団の一人、そしてエーテルを吸収する寡黙なる少女、さらにこの戦いに終止符を打つ男が、二人を止めるため立ち上がっていた。
「てめぇらは何度も……!!」
「もう、全て終わらせよう。オーキッド、分かったな」
アランブラは左手に炎を灯す。彼の紫のエーテルを強めるように、左耳の耳飾りは怪しく光を放つ。
「ああ、分かったぜ兄上。俺が、俺達が、ダーダネラへ勝利をもたらすんだ」
悟ったアランブラの表情を見て、オーキッドの右手に炎が焦がされる。彼の焼けつくようなエーテルを高めるように右耳の耳飾りは不気味な光を輝かせる。
「
「
双璧を成す紫の炎が、屋敷の一室を包み込む。
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