31.愚者を焦がす死の太陽
月夜の差し込む屋敷で、赤みを帯びた紫の炎を右手に焦がす男が立ちはだかる。
「チッ、ちょこまかちょこまかと。さっさと潰れろってんだよ異種族の雑魚共が!」
「兄さんをどこにやったか教えて貰うまでは、負けられないのですよ……!!」
氷の使い手である黒髪の少女は、次の術に備えて杖の先へエーテルを集める。
暴言を吐かれた少女達は怯む事なく、それぞれのエーテルを輝かせ、より闘志に熱を込め上げていた。
「潰れるのはそっちッス!! その指輪、それにアネさんの頬のアザ! ウチらのリーダーを殴ったのはアンタで間違いないッスね!!」
「あぁ!? だったらどうする。俺も殴るか? 殴って見せるか!? ネズミや猫がいくら集まったところでなぁ、俺達ダーダネラの民に敵う訳ねぇだろうがッ!!」
男の指元で光る忌まわしき装飾品を見て、ミルカは激昂する。
イノシシとも熊とも似た巨大化した猫を背後に、癖っ毛の少女は大切な人を傷つけた相手を睨み付けていた。
オーキッドと呼ばれたその男は、ゴチャゴチャとうるさい敵に対し何度も右手の炎を振り撒き威圧する。
圧倒的な強者の力を示し、歯向かう相手の心ごと焦がし尽くす。
「
暴れ狂う紫の炎の塊が、エリーゼやミルカ、チャタローへ向けて放たれる。
「……ッ! 氷の槍で倒せない敵……だったら!!」
エリーゼは貯め込んでいたエーテルを集め、一気に放出した。
「
氷河のような広大な氷の盾が、エリーゼ達を囲むように姿を現す。
同時に、彼女達へと向かって来た炎の塊が要塞と化した氷の盾へ激突し、消滅する。
「よし……!」
氷の壁は隕石でも降り注いだようにあちこちへクレーターを作っていた。しかし、それでもあの恐ろしい炎の爆発を防ぎ切ったのだ。
だが喜んでいるのも束の間、民を背負った敵は容赦なく次の一手を打っていた。
「だから遅ぇってんだよ!!
エリーゼ達を囲む氷の壁を蹴り上げ、二人に分身したオーキッドが襲い掛かる。
「フンニャー!!」
巨大化したチャタローが咄嗟にオーキッド達に対し横なぎの攻撃を加える。しかし、そんな攻撃など彼には既にお見通しであった。
チャタローが殴ったオーキッド達は、共に煙となって姿を消した。つまり、襲い掛かったその二人、両方が作り出された幻影だったのだ。
「雑魚が。戦場なんかに立つんじゃねぇ」
三人目のオーキッドが、チャタローの影から現れる。
そして右手に紫炎を焦がしながら、側で指示していたミルカへと殴り掛かった。
「フンニャ!?」
「あっ!! ……へっ?」
あどけない受け身を取り攻撃を防ごうとしたミルカ。しかしオーキッドの右手は、直前で別物の手によって阻まれていた。
「
エリーゼはミルカへと襲い掛かる紫の炎の動きを正確に捉え、殴るため腕を振りかぶった瞬間にオーキッドを檻の中へと閉じ込めた。
力強く殴られた檻は、紫の炎の一撃を受けても形を歪ませる程度で注がれた衝撃を抑え、その強度を見せつける。
「チィ……、ウザったいんだよ。どいつもこいつも!!」
檻の中でオーキッドは吠える。同時、右の耳飾りは怪しく紫の光を放ち、禍々しいエーテルを醸し始めた。
そんな様子を至近距離で見ていたミルカは、その耳飾りの反応に見覚えがあった。そう、それはこの場の皆を狂わせる、忌まわしき物質であったのだ。
「その耳飾り……。ま、まさかエーテルコアッスか!?」
「だったらどうした。
檻の中のオーキッドが突然地面を殴りつける。赤みを帯びた紫の炎と共に、底の抜けた下層へと逃げ込む。
しまったと驚くエリーゼ達が次の動きを取るよりも前に、エリーゼとミルカの足元が割れる。
咄嗟に足元の変化へ視線を動かすと、下層から突き抜けて来たオーキッドがニヤリとニヒルな笑みを作り現れた。
「邪魔を……するなァ!!」
紫の炎が、ミルカとエリーゼを殴り飛ばす。痛みを感じるよりも先にその身は天井へと激突し、肺の中の空気が全て漏れ出していた。
「かは……っ!!」
「フンニャ!?」
ミルカが致命傷を受けた事により、チャタローの変身も元に戻る。
「ミルカ!! オーキッド……アンタって奴は!!」
致命傷を受け、それまで見ているしか出来なかったアネッサ。そんな彼女でも、流石の身内の惨事にたまらず声を張り上げる。
「てめぇもウザいんだよ。静かにしてろ」
二人を殴ったオーキッド達とは別の三人目の個体が、ぐったりと寝転ぶアネッサを蹴り上げた。
呻き声も上げられず地面を転がるアネッサを前に、オーキッドは構わず怒りをぶつける。
「てめぇが! この屋敷に立ち入ったせいで! 俺達の作戦が滅茶苦茶だ! あの洞窟を見られたのも!! この場所へ潜入されたのも!! 全部てめぇのせいだぞ!! 分かってんのかクソがァ!!」
種族もエーテルも関係ない。ただの怒りに任せた蹴りが、身を丸めうずくまるアネッサを何度も責め立てていた。
「もし作戦が失敗でもしたら!! どうなるか分かってんだろうなぁ!! …………あ?」
力任せに蹴ろうとした足へ、妙な違和感が襲い掛かる。蹴り過ぎて感覚が麻痺でもし始めたのかと視線を下げると、オーキッドの足にはごつごつとした氷の塊がまとわりついていた。
「
「あぁ? なんだてめぇは。こっちは国を背負った作戦を邪魔されて腹が立ってんだ。それにお前だって盗賊団に襲われて恨みは持ってんだろ。だったら俺の邪魔なんかするんじゃねぇ」
確かにエリーゼ達の魔術雑貨屋は盗賊団に何度も狙われ、襲われていた。しかしその裏にかれら双子の存在があった事を忘れるほど、エリーゼも弱ってなどいなかった。
「何を言うかと思えば……。うちのお店を襲わせていたのは、あなた達でしょう」
「ケッ、分かってんじゃねぇか。だったら寄越せよ。あるんだろ? エーテルコアが、お前の店の中にも……!!」
「だから、知りませんって。それにお店に欲しい物があるなら、奪うのではなく買いに来るのが礼儀ではないのですか」
あくまで冷静に、エリーゼはゆっくりと確実にエーテルを整え蓄えていく。
倒れているミルカやアネッサ、心配そうにミルカに寄り添うチャタロー。そして氷を蹴り砕いた倒すべき敵。その全てへ意識を配りながら、エリーゼは未だに勝利の一手を探していた。
そんな時だった。
「エリーゼ、槍を撃て!!」
勝利を信じる男の声が、彼女の耳へと響き渡った。
言葉の意味を理解するのは、彼を信じた後で良かった。
「
氷で作られた槍が、オーキッドを目掛け放たれる。
「あぁ?」
当然、そんな単調な攻撃など少し身を反らすだけで避けられた。 カランカランと音を立て、氷の槍は虚しく地面を転がる。
こんな攻撃に何の意味が。オーキッドは氷の槍を拾い上げ考えようとした。その時だ。
「足癖が悪いぞ。紫の弟よ!!」
目の前に傷だらけの男が横切った。気づいて攻撃に移ろうとした瞬間、氷の槍は本来の役目を忘れ横なぎに振り回された。
「なにっ!?」
槍を拾い上げようと不安定な体勢へなっていたところへ、強烈な足払いが炸裂した。
突然の出来事の連続にオーキッドの思考は追いつかず、そのままバランスを崩し盛大に頭を地面へと打ち付ける。
「シキ……さん!!」
「エリーゼ、まだだ。まだ諦めてなどなるものか!!」
絶対に勝利を諦めない。
どこまで追い込まれようとも、男に灯った真っ赤な炎を消す事など誰にも出来ないのだ。
だが、そんな炎をも覆い包もうとする紫の炎が、シキを追って姿を現す。
「オーキッド……何をやっている。邪魔者の排除に何を手間取っている」
左手に燃え盛る炎を灯した男は、静かに怒りへと震える。
そして、目の前に倒れる哀れな弟を見て、種族を率いる者は決断した。
「聞け、魔物共よ!! 現時刻をもって開戦の狼煙を上げる!! さぁ勇猛なる兵士の諸君。ダーダネラへと繋がる門を開くのだ!!」
屋外に集まった魔物達は、アランブラの命令を受け屋敷の両端にある一帯へと駆け寄った。
「なん……だと……!?」
そこへ地中から巨大な岩盤が現れる。
不気味な屋敷には今、敵国の兵が雪崩れ込む最悪の扉が開かれようとしていた。
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