10.属性と元素

 商店街の片隅で、二人と一人は立ち止まっていた。

 シキとサラはネオンを視界の隅に置き、情報の共有を始める。


「私が知っている事と言っても、正直あまりないのだが……」


 初めに口を開いたのはシキだ。


「まず一つ、ミコによれば気を失っていた私をその身一つで宿屋まで運んできたらしい。これはアイヴィも見たと言っていたから確実だろう」


 改めて確認するが、シキとネオンは二回りほど体格差がある。

 男性の平均身長を超える男を、十代前半ほどの見た目をした少女が運んだというのだ。


「見かけによらず怪力って事かい? あの羽ペンが壊れたのも、力の加減が出来なかったから……?」


「いや、それなら紙まで破れるのは説明が付かんだろう。例えば、筋力を増す術だとしたら。そういったものはこの世界に存在するのか?」


「赤のエーテルを用いた筋力の上昇や、黄のエーテルをベースに全身の硬化とかならいけるとは思う、けど……」


「けど、とはなんだ。なにか問題でもあるのか」


 サラは腕を組み、少し考え込む。


「シキ、君にはエーテルの流れを感じないって前に言ったね」


「ああ……それがどうした」


「彼女も同じく、エーテルを全く感じないんだ。人一人運べるとなると、それなりの量は持っていても不思議ではないのに」


「あいつも私と同じくエーテルの流れがないとでも……?」


「そうかもしれないし、違うかもしれない。だから調べるのさ、この石でね」


 そういうと、サラは小さな宝石を片手にネオンへと近づく。


「ちょっと失礼」


「……?」


 ぷにっ。


 ネオンは不思議そうな顔でサラへ振り向くと、小さな宝石をぴたっと頬へとあてがわれた。


 瞬間。


 宝石は粉々に砕かれ、跡形もなく消え去った。


「なっ……おい!!」


 乾いた破壊音を聞いたシキは、慌てて二人の元へ駆け寄る。


「君にも」


 サラは同じものをもう一つ取り出すと、指先で弾き近づいて来たシキへ渡す。

 シキは慌てて手のひらを出し宝石を受け取り、まじまじと観察した。


「……なんだこれは?」


「触れたエーテルで色が変わるっていう代物なんだけど……、君は変色せず、この子は砕けると来たか」


 シキの手に収まった小さな宝石は、何色にも染まっていない透明のままだった。


 サラはシキから宝石を回収する。すると、サラのエーテルに反応した宝石はゆっくりと青い光を放ち始めた。


「青……水か?」


「正解。厳密には液体なんだけど……まぁいいや。君もちょっとずつエーテルの事が分かってきたみたいだね」


「いや……正直全くと言っていいほど分かってないぞ。そもそもエーテルとは何なんだ?」


「そうだねぇ。ではこの子を調べながら教えるとしようか」


 そういうとサラは荷物を担ぎ直し、後方の噴水を指差した。



 ────────────────────



 三人は噴水のある広場へと移動していた。


「どこから伝えれば分かりやすいか難しいのだけれど、まずは属性について話そうか」


 サラは荷物の中から四色の半透明な紙を取り出す。

 そのまま片手で扇のように広げ、シキに手渡した。


「傷口に貼ってエーテルの漏出を防いだり、エーテルを活性化させて治癒力を高める医療道具だよ。薬品を塗ったガーゼとでも思って貰えばいい」


「ほう。それで?」


「見てわかる通り、赤、青、緑、黄の紙があるね。この四色が、エーテルの基礎と言われる四属性をそれぞれ表す色なんだ」


「四属性……?」


「そう。色で表すならこの四色、司る元素で言えば赤がプラズマ、青は液体、緑は気体、黄は固体に対応する」


「?? ……つまり?」


「うーん、見てもらう方が分かりやすいか。……つまり」


 サラは片手を振り上げ、何かを叫んだ。



脈打つ水流ハイドロ・ハイ・ドローッ!!」



 水の塊が、滝のような轟音を上げシキの顔のすぐそばを横切った。


「なっ!?」


 噴水から引き寄せた水の塊は、サラの手の上で球体へと変化する。


「その身に流れるエーテルは、対応する元素を操れる。って話さ」


 予想外の衝撃に思わずシキは言葉を失う。


「そんなに驚く事でもないよ。この世界の住民なら全員、可能性で言えば動物や植物ですら操る事が出来るんだから」


 全員。しかも動物や植物まで。

 あまりのスケールな話に、シキは疎外感に襲われる。


 もっとも、使いこなすにはそれなりの鍛錬とエーテルの量が必要だけどね。とサラは付け足すが、どうにもシキには届いていないようだ。


「次に、前に言った”全ての生き物にはエーテルが流れている”という事について説明しよう」


 手元に引き寄せた水の球を空中に浮かせたままサラは話を進める。


「血液型とか遺伝子による性別の決定とか、そこらの話は分かるかい?」


「……あ、ああ。何となくは」


 サラは水で家系図のような図面を作りながら、遺伝の仕組みについて説明していく。


「エーテルだって例外じゃない。生物は親からエーテルを受け継ぐ事で、その子もエーテルを持って生まれるんだ。だから生物は皆、最低でも一属性はエーテルを持っている、という事なんだよ。」


「遺伝……そういう事か」


 家系図のような形をした水は、一つのルートを辿り太く変化した。

 それと同時にシキもサラの言っている事を少しずつ理解していく。


 すると何故だろう。心臓の鼓動が早くなる。次に出てくるであろう言葉が頭をよぎり、胸がざわつく。


「ではシキ。君はいったいどこで生まれ、どこで育ち、そしてどこで言葉を覚えたんだ?」


 サラは責め立てるように話を続ける。


「エーテルとは代々受け継がれる命の証だ。だがシキ、君にはエーテルが流れていない。つまり、この世の理に即していない。けど今、ここでこうして会話が出来ている。そういった意味で言えば、同じようにエーテルを感じず、けれど言葉を発しないネオンよりよっぽど稀有な存在なんだよ。だから、医者として私は君の存在が理解出来ないんだ」


 何のためらいなく言ってくるサラ。きっと医者という職業柄の部分もあるだろう。悪気のない言葉の暴力がシキに襲い掛かった。


 だが、今度は耐えた。シキは死んでいるも同然と言われる今の自分を、少しずつ受け入れ始めていた。


「……私の事は今はいい。それよりそいつについて教えてくれ」


 どうしてと問われたって、今のシキには説明出来ない。

 サラが終わりのない探求心を向けて来たので、シキは話を本題に戻す。


「そうそう急かさないで欲しいな。それはこれから調べるんだからさ」


 家系図の形を崩すと水を四方へ飛ばし、器用に荷物から様々な道具を取り出す。

 その後、ぐるりと物が落ちるような動きでネオンの方へと振り返った。


「さぁネオン、次は君の番だ。君の事もっと教えて欲しいなぁ……?」


 不敵な笑みを浮かべながら、両手の指をくねくねと動かす。

 明らかにシキへ向けた探求心とは違う欲求が混ざっている気がする。


 ネオンはサラが醸し出す異様な空気を察知したのか、ゆらりとその場から抜け出す。


「連れないじゃないかネオン~! 君の事が知りたいだけなんだ~!」


 サラはサラで、逃げ出したネオンを鼻息を荒くしながら追いかけ始めた。


「……大丈夫なのかこの医者は」


 噴水を中心にグルグル回る二人。先ほどの緊迫が嘘のような、気の抜けた空気が包み込む。


 エーテル使いの医者サラによる、無口少女ネオンの本格的な調査? が始まった。

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