09.魔道具

 そろそろ挨拶の言葉も変わりそうな、そんな朝の終わり頃。

 シキとネオンは、気まずくなった宿の中から逃げるように商店街へと向かっていた。


「どうしてこんな事になる……」


 いっその事、思いっきり怒られて嫌われる方がマシだと思った。


 気持ちを切り替えて歩き進めるも、ふとした拍子にミコの悲しそうな顔が何度も脳裏によぎる。その度に、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。


「はぁー……」


 我慢していたため息が漏れてしまう。


 彼女にこれ以上迷惑はかけられないと、戦い方を覚えて受けた恩を返そうと考えていた。だが、ここまで直接やらかしてしまうとは……。


 片手で赤髪を押さえ落胆する。


 そのまま一歩一歩と進むうちに、考える。このまま落ち込んでいたって仕方がない。

 不甲斐ない自身を奮い立てるように頬を叩き、顔を見上げる。


 早く戦い方を覚え、通り魔とやらを取っ捕まえよう。それがこの街に、ひいてはミコへの恩返しにも繋がるはずだ。


 意を決したシキはグッと顔に力を入れ、前を見て歩き進む。

 そして数歩進んだのちに。


「はぁー……」


 またミコの顔を思い出しため息を吐いてしまう。


 そんな事を何度も繰り返しながら、シキはネオンと共に商店街へと入っていくのであった。



 ────────────────────



 すれ違う人々は必ずと言っていいほど注目をしていた。


 それぞれ街の住民とも冒険者とも違う、黒地に金の暑苦しそうな衣服の男とゴスロリ調の少女、確かにこの街には珍しい服装だ。

 だがそれ以上に、落ち込んでは決意を繰り返す男と、無表情のまま歩き続ける少女は人目に付いていた。


 そんな視線に気づく事もなく再びため息を吐いていたシキは、不意にある女性に声をかけられた。


「そんな辛気臭いため息なんかついて、何があったのさ」


 顔を上げ確認してみると、そこには見知った姿があった。

 装飾の多い衣服にすらりとした長身と白髪が特徴的な女性、サラだ。


「……宿の羽ペンを壊してしまった」


「あー……」


 その一言で全てが伝わったしまうあたり、やはりあの羽ペンは特別なものだったのだろう。


 サラの苦い表情が突き刺さる。


「あれは……あれはやはり大事な物だったのか……」


「あの宿で羽ペンと言えば、ミコの私物以外知らないねぇ。なんでまたそんな事になったの?」


「それが全く分からないから困っている……。普通に紙へ書くために使っただけなのだが」


「あぁ……、なんとなく分かったかも」


 驚く事にサラはこの一言だけで原因が分かったらしい。

 サラは腕を組み、片手をシキに向けながら質問を投げかけた。


「書く時、普通のペンと違うところがあったんじゃない?」


 違うところ……。そんなものあっただろうか。

 シキは事が起きる前を一つ一つ思い出してみる。


 受付にあった紙と羽ペンを手に取り、まず羽ペンをネオンに渡した。

 次に紙をネオンの前へ置き、そこへネオンが羽ペンを当て……。


「……インクを使っていない。いや、そもそもインクなど、どこにも置いてなかったぞ」


「正解。そういう事」


「……?」


「あの羽ペンは、体内のエーテルを流して使う魔道具の一つなんだ」


「エーテルを……?」


「そう。そしてペン先にエーテルが反応すると、エーテルは色素へと変異し筆記する事が出来る。といった代物なのさ」


 エーテルを用いた筆記具。それがあの羽ペンだと言う。


「だから、エーテルの流れがない君が使った事で変な作用でも働いたんじゃ……」


「いや、それはおかしい」


 シキの疑問がサラの説明をさえぎった。

 サラは眉をピクリと動かすと、疑うようにシキへと注目する。


「どうして?」


「あの羽ペンを使っていたのはネオンだ。私ではない」


「……何だって」


 仮説は崩れた。サラの考えた説は、シキが使ったという前提から間違っていたのだ。

 だが、ならば、何故あの羽ペンは壊れたのだろうか。


 二人はネオンの方へ振り向く。

 彼女は自身の小さく華奢な手のひらを見つめていた。


「……調べてみる?」


 サラは懐から透明な小さい宝石を取り出し、にやりと笑う。


「出来るのか?」


「それも含めて、ね」


 目が覚めた時から、いや、それよりも前から一緒にいたらしき少女。しかし、シキは彼女の事を全くと言っていいほど知らない。


 何一つとして言葉を口にせず、具体的な意志疎通も取れなければ何を考えているかも分からない、不思議な存在。


 流れでなんとなく彼女と行動を共にしていたが、彼女は、ネオンとはいったい何者なのだろうか。


「……そうだな、やってみよう」


 シキはエーテルを扱う医者サラと共に、謎の少女ネオンについて調べる事にした。

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