05.持つ者と持たざる者

「それで……、私は何をしたらいいんだ」


 三人は空腹を満たした後、再び商店街の中を歩いていた。


「わたしの職業は賞金稼ぎ、またの名をバウンティハンターと呼ばれてるんだ。何してる人か分かるかな??」


「何って、賞金首を取っ捕まえて金を貰ってるのだろう」


「そうそうっ。それを手伝って☆」


「いやいやいや……急に何を言うかと思えば。私なんかより、そこらの冒険者でも雇った方がいいんじゃないのか」


「どーして?」


「先ほども言ったが、私には記憶が無い。故に戦い方も知らん。自分で言うのも何だが、こんな奴より猫の手でも借りた方がマシだろう」


「んー……」


 アイヴィは少し考え込む。そのままゆっくりと立ち止まった。


 不思議に思ったシキは、彼女に声をかけようとした。しかしシキが彼女に触れる直前、アイヴィはぽつりと呟く。


「ほんとに……」


「……?」


「そう……、かなっ!!」


「っ!?」


 不意に振り返ったアイヴィが拳を握り腕を振りかぶった。


 シキは咄嗟に身を反らし、アイヴィの一撃をかわす。


 だがアイヴィはそんなもの織り込み済みと言わんばかりに、腕を振り下ろした勢いを活かしながら身をねじり、逆の足で蹴りを放つ。


 なんだなんだと街中での突発的な戦闘へ注目が集まる。ざわざわと騒ぎを聞きつけた野次馬に見守られながら、シキはアイヴィの攻撃を必死で避けていた。


「はっ!!」


 威勢のいい掛け声と共に、アイヴィは二本の指を立てシキの瞳へ目掛けて突き出した。


「なっ……!?」


 咄嗟に腕を振り上げ、アイヴィの細い腕を掴む。

 アイヴィの指は、シキの瞳に触れる直前で止まっていた。


「お、お前……っ!」


「……ねっ?」


 アイヴィは腕を掴まれたまま、含みを持った笑みで答える。

 その目の奥に、殺意のような闘争心が渦巻いてるのをシキは感じた。


「……私を試したのか?」


 集まった人々へ手を振り、ゲリラ的な演武でも行ったかのように誤魔化すアイヴィ。

 野次馬が行き交う街の住民へと戻るのを見届けると、シキは彼女に疑念の目を向けた。


「うん。だってシキくん強そうだったもん。んふっ、わたしの感当たってたでしょ?」


「……チッ」


 思わず舌打ちをしてしまう。


 言うならば自分でも気づかなかった記憶の断片を、無理やり頭の中に手を突っ込み引っ張り出されたようなものだ。


 事態は喜ばしいが、素直になれず難しい顔をするシキがそこにいた。


「ごめんってばー、いきなり襲い掛かったのは謝るよ。だからそんなに怒らないで?」


「はぁ……。分かった分かった、いいからさっさと済ませるぞ。それで、私は何をしたらいいんだ?」


「まぁまぁそんなに焦らない~。その前に、あそこに行きましょ♪」


 アイヴィは商店街の一角にある店を指差す。

 そこには、やたら錆臭い建物に鉄を加工した看板が掲げられていた。


「トバル・ブラックスミス……鍛冶屋か?」


「うんっ。シキくんはエーテルの術ってより、わたしのように肉弾戦向きかなと思って」


「まぁ、先ほどの一幕からすればそうなるか」


 ぽつりと、言い当てられた自分の特徴を一つ受け入れる。

 エーテルが流れてない事は心の底に伏せながら。


「だがアイヴィ、悪いが今の私に武器を持つ資格はない」


「ん、どうして?」


 アイヴィは不思議そうにシキの顔を見つめる。


 シキは居心地が悪そうな様子でぼそりと答えた。


「……金が無い」


「あっ……」


 三人の歩く足が止まる。


 キーン、キーン、と鍛冶屋の鉄を叩く音がやたら鮮明に聞こえた。


「やーい貧乏人」


「なっ……! もう帰っていいか!? 帰るぞじゃあな!!」


「なーんてうそうそ、分かってるってば。これはケガさせちゃったお詫び。だから気にせず受け取ってくれたまえ~」


 先ほどの沈黙が嘘のように、アイヴィは明るい調子で一人歩き出す。


「はぁ……。何なんだあいつは」


 気分屋な彼女に終始振り回されっぱなしで、憂鬱な気持ちもいつの間にか薄れていた。


「…………」


 立ち止まっていると、数歩先からネオンが振り返りこちらを見つめてきた。


「分かった分かった、行けばいいのだろう」


 やれやれといった様子で、残った二人も鍛冶屋の中へと入っていった。



 ────────────────────



「おっちゃんたのもー!!」


「うおおっ!? って、誰かと思ったらアイヴィちゃんじゃないの」


 見知った様子で店主と会話をするアイヴィ。


「なんだ、やけに調子のいい事を言うと思えば、知り合いの店か」


「そんな感じー。おっちゃん、8000ゼノくらいでこの人にいい武器見繕ってあげてー!」


「あいよー」


 ゼノとはこの世界の通貨である。『ミコノスの宿』が一泊5000ゼノで泊れると言えば、どれだけの物を選んでもらっているか分かるだろう。


 ちなみに、現在シキの所持金はミコから貰った2000ゼノ(3000ゼノ貰ったが食事代500ゼノ×2支払い済み)である。


「8000ゼノありゃ並の奴ならどれでも選べるが……、好みの武器はあるかい?」


「いや……特には」


「そいつは困った。うーん、そうだなぁ。兄ちゃんエーテルは何色だい?」


「それは……」


 エーテルの色。


 シキにそんなものはない。


 ふと宿屋で医者にエーテルが無いと言われた時の事を思い出す。

 どこへ行ってもエーテルエーテルだ。この世界にとってエーテルはそれほど一般的なものなのか。


 しゅんとしたシキを見た店主は、おもむろにシキの肩に手を当て語り始めた。


「兄ちゃん……分かるぜ。俺もエーテルの術はからっきしだった。だからこうして力仕事で食ってける鍛冶屋やってるってもんだ」


「そうか…………ん?」


 よく分からないが、何かを悟ってくれたらしい。


「ちょっと待ってな。俺らみたいなのでも使える奴、探してくるからよ!」


 そういうと店主は武具の山へと入っていった。

 エーテルのないシキだが、そんな彼にも扱える武器を用意してくれるようだ。


「使いたい武器とかないのー?」


 店主を送り出したシキに、隣で待っていたアイヴィは話しかける。


「戦った覚えもないんだ。どの武器だって素人同然さ」


「そんなもんかねー」


「そんなもんだ」


 他愛もない話で適当に時間を潰ていると、ガシャガシャと鉄の塊を持って店主が戻ってきた。


「待たせたな! 槍に斧に鎌に爪、こん棒やハンマーもあるぞ! どれから試したい?」


 ここは本当に鍛冶屋か? 明らかにおかしな物まで混ざっていたが、色々試せるのは逆にありがたい。


 シキはお言葉に甘えて全て試してみる事にした。

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