04.どっちが悪い論争

 商店街にある飲食店の一角で、風変わりな男女は神妙な顔つきで小さなテーブルを囲っていた。


「記憶を取り戻す方法。それはなんだ? 何をやればいい?」


 シキに問われネオンは辺りをキョロキョロと見渡した。その時だった。


「あれぇ、シキくん……だっけ? 何してるの?」


 飴を転がしたような甘ったるい女の声が、背後からシキの名を呼んだ。

 シキは振り返り声の主をその目に捉えたが、彼女の姿に見覚えは無かった。


 スリット入りの軽装に腰には短剣を携えた、肩ほどまで伸びたメッシュの入ったクリーム色の髪が特徴的な少女。いかにも戦い慣れているといった様子の少女が、突然声をかけてきたのだ。


「誰だお前は。私の知り合いか?」


「え……? 知り合いと言えば知り合いだけど、違うと言えば違うかなぁ??」


「どっちなのかはっきりしてくれ」


「わたしはアイヴィ。うーんと……君を病院送りにしちゃった者です、えへへ……」


 病院送り。という言葉に、シキは思わず立ち上がった。

 突如現れた情報源に、頭の中がぐるぐると回り始める。


「お、おまっ、病院送りと言ったな!? お前のせいで記憶が……!! 何があったのか洗いざらい話してもらうぞッ!!」


 怒りの形相で詰め寄られアイヴィはだらだらと冷や汗をかき始める。


「ちょちょちょっと待ってってば!! わたしは走って来た君達に攻撃を当てちゃっただけで、それ以外何も知らないよー!」


「はぁ? 病院送りにしたと言ったのはお前ではないか。まるで意味が分からんぞ」


「それはこっちのセリフだよ~、魔物狩りしてたらいきなりだもん……。それよりそっちの子は何者なの?? 超力持ちだし超足速いし、んふっ、よかったらお姉さんと一緒に来ない~?」


 アイヴィは鼻息を荒くしてネオンを勧誘し始める。


「おいおい勝手に話を進めるな。お前はネオンが何をしていたか見たのか?」


「そりゃあもう。見たのは一瞬だったけど、シキくん掴んで魔物から大爆走して逃げてたんだから、すごいよね~」


 まさかとは思ったが、ネオンは本当に一人で自分を運んだらしい。より一層、彼女が何者なのか分からなくなる。


「もう何が何やらさっぱりだ。というか、お前も私の名を知っているのか……全く、どこで仕入れた」


「んふっ、どこからだと思うー?」


「うわっ、面倒くさいやつだな……もう行ってもいいか?」


「こらこら聞きたいんじゃないのかー!? ふっふっふ、特別に教えて進ぜよう。なぜなら! ドン! お隣さんだからだ!!」


「そうかありがとう。ではな」


「待ってぇー! 行かないでぇぇぇー!! 最後まで話を聞いてぇぇぇーーーー!!」


 アイヴィは店の外へ出ようとするシキの腕をがっちりと掴み引き留める。

 無理やり進もうとするもびくともしない腕力に、シキはうんざりした顔でアイヴィの方へと振り返った。


「うるさい奴だなぁ……。何も知らないとか言ってたではないか。それがお隣さんだぁ? 適当な事ばかり言いおって……」


 うるさいのはお前達だ。という周りの客の声は届かない。


「だーかーらー、宿屋のお隣さんって意味! 隣に泊ってるんですぅー! というか、わたしが宿の事教えたおかげで君は助かったんだよ? 逆に感謝して欲しいんだけどー?」


 ブッチィ。


 もう我慢の限界だ。


「そのー? きっかけを作ったのはー? いったいー? 誰だったかなぁ……!?」


 眉間にしわを寄せ、頬をピクつかせながら詰め寄る。その怒りの表情は例えるなら正に鬼の形相だ。

 アイヴィはぱたぱたと手を振り怯えながらも、震える声で伝えたい事を言い返した。


「そっ、それは悪かったと思ってるけどー! そもそも魔物連れて来たのはそっちだよ!? 巻き込んだとはいえ退治したんだから、そっちのお礼もあるんじゃないかなー??」


 ぐっ。


 痛いところを突かれた。


 あまり話題には出さなかったが、魔物に追われていたのは確からしい。そして今こうして生きているのも、実際に彼女の活躍があったからだろう。


 攻め手だったシキは一転して守りへと転ずる。


「そんなもの、お前の手など借りなくとも私が対処していたさ……! それよりも、お前は私の記憶をまるっと全て消し飛ばしたのだぞ! それについてはどう考えている……?」


「わたしにそんな力はなーい! 魔物から助けて街の病院も紹介した。その事実が今一番大事だと思うけどー?」


 レアものを連れて来たと喜んでいた事実は隠しながら、アイヴィも一歩も引かない。

 言い争いは攻防一体……のように見えた。


「それにもう一つ、君達はわたしに感謝したくなる理由がある!」


「な、なに……?」


 ビシッ! と指先をシキの顔の中心へと突きつける。

 アイヴィは潜めていた切り札をついに引き出した。


「今食べてた『超ジューシー肉厚サンドイッチ』の肉は! わたしが倒したレアもの、マッシボアの肉である!!」


「なっ、なんだと…………!?」


 シキは膝をついて崩れ落ちる。


 アイヴィは知る由もないが、『超ジューシー肉厚サンドイッチ』の存在がネオンの気を引き、話の場を取り付け、さらに記憶を取り戻す方法があると引き出すきっかけになっていたのだ。


(あ、あれぇ、なんだかわかんないけど……、勝った?)


 シキは伏せたまま起き上がる事が出来ないでいた。そこにするりとネオンが近づくと、ポン、と彼の肩に手を添えた。


「んふっ、ふふふっ、わたしの勝ちだー! さぁきっちりしっかりお礼して貰おうかー!!」


 こうして、もつれにもつれて勃発したどっちが悪い論争は、ネオンの胃袋を掴んだアイヴィの勝利に終わったのであった。

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