314 止められない④

「お疲れさまでございました。到着です」


 御者の声が割り込んできて、リンは止められないと思った体を床に叩きつけた足で踏ん張った。

 呆然とするヨワの目と見つめ合うこと数秒。なんとも言えない沈黙に耐えかねて、から笑いをもらした。


「い、行こうか」

「……うん」


 車寄せから使用人が引いた扉を抜けてロビーに入った。白い石と木のタイルを組み合わせた床は、歩くごとにヨワのヒール音を様々に奏でた。壁は一面に白く、奥の間に向かってステンドグラスの窓がずらりと並ぶ。

 軽やかな音楽に誘われて踏み込んだ広間は、球状の天井からシャンデリアの灯が華やかに咲いていた。その中央にはハリネズミのレリーフ。そして、天井を支える四隅の石柱の上にはそれぞれハト、イノシシ、クマ、カエルのレリーフがあしらわれている。

 一族の別荘に留まらず国の重要建築物として保存されるべき意匠を、惜しみなく注いだ建物だった。まるで美術館に迷い込んだかのようだ。

 リンとヨワが装飾に目を奪われている内に会場の照明がそっと落ちて、壇上にひとりの老人が立った。司会は「当主からのごあいさつです」と紹介した。

 リンは驚いた。長寿だと思っていたベンガラとハジキよりも、レッドベア家当主はもっとずっと年を召しているように見えたからだ。裾の長い作務衣に赤と金の帯を締めた出で立ちは威風堂々。しかし目が埋まりそうなほど深いしわが刻まれた顔は、百歳をゆうに超えているだろうと思われた。


「当主、何歳に見える?」


 リンはヨワに耳打ちした。


「百……七歳、とか?」

「つづきまして、当主の玄孫やしゃごであるキラボシさんからのお言葉です」

「え!」


 司会者の紹介に肩が跳ねるほど驚いたヨワに、リンも深くうなずいた。

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