271 花が運んだ想い①
だるそうに手を挙げてダゲンがダメ押しをした。シジマが長いため息をついた。
「朝まで待ってられないのが本心だが、崖下に落ちては元も子もない。朝を待とう」
リンはしぶしぶ座り直した。
「俺とエンジとリン、そしてロハ先生で崖っぷちの道の近くまで行って交代で盗賊の動きを見張る。ユカシイはダゲンさんを連れて朝になったら下山するんだ。ダゲンさん、ふもとまで歩けますか」
「ああ。悪いな。食いもんさえ残ってりゃ加勢してるところだが……」
強気に笑ってみせたがダゲンの体も相当衰弱している。たっぷりの食事と睡眠がすぐにでも必要だ。下山でき次第、馬に乗ってふもとの町に行くように、とシジマが指示を出すとユカシイは大きくうなずいた。
食べ物や使えそうな物質がないか探すことになり、リンはユカシイとキッチンに向かった。暗闇の中で月明かりが差し込む窓だけが浮かび上がっていた。そこから小屋の裏手が見えた。ヨワがこっそり竜鱗病の湿疹に薬をぬっていた場所だ。リンは外に出て、あの夜ヨワが座っていた丸太を見つめた。
虫たちの声が徐々に遠ざかり、風が止んだ。リンが丸太に歩み寄る姿を山中の生きとし生ける者が注目しているようだった。丸太に触れようとかがみ込んだ時ラベンダーが香った。木肌の凹凸ひとつひとつを指先に感じながら、リンは目を閉じた。
ふとヨワはコリコの花が入った小ビンを思い出した。シトネの手を肩に置いてもらい、大学ローブのポケットに入れていたそれを取り出した。氷屋のポポイとパームの魔法のお陰で白い花は八枚の花弁をぴんと張ってみずみずしさを保ったままだ。シトネがかすれた声で「きれいね」と言った。
バナードに殺されかけ病室で眠るヨワをずっと見守っていてくれたのがこの花だった。けなげに咲いている姿を見ればヨワは微笑むことができた。まだ笑う力を失っていないと励まされた。
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