260 ヨワの覚悟⑤

「リン、行くぞ」

「こっちもはじめるぞ、ヨワ」


 エンジとススタケにそれぞれ呼ばれてもヨワとリンは動かなかった。わずか数瞬のためらいがヨワの心を甘く締めつける。離される前に自ら身を引こうとした手をリンの両手に握り込まれた。そして彼は確かな決意を目に宿し、走り出した。

 リンがくれた温もりを手のひらに閉じ込めてヨワもまた暴走するクリスタルに立ち向かう。母シトネと義父ミギリと手を繋ぎ、ふたりの祖母と伯父伯母と繋がってひとつの輪をとなりクリスタルの前に座った。ススタケがクリスタルに手をそえて「行くぞ」と声をかける。ヨワは目を閉じて幼い頃から何度も見上げてきたコリコの樹を思い描いた。その貫禄を、その健やかなるを、そのさざめく息吹きを感じて心を寄せていく。

 ススタケがクリスタルを持ち上げた。その影響なのか揺れがひと際激しくなった。ふらつきながらも確実にタルのふたを構えて待つマンジとズブロクの元へ歩みを進める。きらめく雲母に呼応して錠たちが脈打つ中へクリスタルを置き、すばやくふたを閉めた。

 その数拍後、震動はぴたりと収まった。それと同時にヨワは巨岩に押し潰されるような圧倒的重さに頭から伸しかかられた。


「ふっ、ぐっ!」

「ヨワ!? みんなだいじょうぶか!?」


 ススタケに答える余裕はない。重さを把握し、それを完全に包み込む魔力を張り巡らせるまで安定はできない。ヨワは重さに抗おうとする本能を深い呼吸で落ち着かせコリコの樹を見失わないように心の目を開きつづけた。

 ふと風の音がした。幾千も重なり合った木の葉たちが奏でる音だ。やわらかい木漏れ日の中を小鳥たちのさえずりが響いて、ふわりふわりまだらの影が踊る度光がきらめく。王子の私室のバルコニーから見た景色はこんなにも軽やかでおだやかだった。大きな緑の帆を広げて風が吹いたら浮かび上がりそうではないか。

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