195 シオサイの過去③

 何人か縦線が引かれ消されている。その中にシオサイ・ブルーウェーブの名があった。


「あいつは大人しい子で漁師に向いてる性格ではなかった」


 ヨワはハッと我に返り慌てて視線を戻して大じいさんの声に集中した。


「それをあの子は自分でもわかっていたんだろう。家業を継ぐことに悩みつづけていたが、結局父親に従って漁師になった。それが十四の時だったかな。今思えばそこからあの子の心はちぐはぐのまま成長してしまったんだろう」


 大じいさんは火掻き棒を手に取り、いろりに積もった灰を掻き回した。


「心がちぐはぐなやつの網は魚も見破る。やる気がないなどと仲間から怒られ次第にあの子は浮いていった。俺らはどうしても血の気が多いから、性根がよすぎるあの子には辛かっただろう。本当に、向いてなかったんだ。その頃少し荒れてたかな。たしか……十五、六か」


 なにもない灰の中を掻き回す火掻き棒の先を見つめてヨワは手を握り締めた。十五、六歳といえばヨワの年齢からさかのぼってちょうどシオサイとシトネが出会った時期と思われる頃だ。

 自分が本当に歩みたい道、上手くいかない苛立ち、仲間からの叱責、歩かされている今の道。それらが沈む沼に絡め取られ苦しんだシオサイを思う。自分の行き先と居場所を見失いかけたシオサイが、別の街からやって来た女性シトネに惹かれるのは難しいことではないように思えた。


「あの子がヨワさんの母親と出会っていたか本当のことはわからない。おそらく誰も知らんでしょう。当時は組からひとりはぐれ、両親とも不仲だった。そんな複雑で繊細な話ができる相手はいなかった。かわいそうなことだがな……」


 大じいさんは火掻き棒を置いて手を払った。そこへリンが少し前のめりになって口を開いた。

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