194 シオサイの過去②

 ヨワは背中にぴたりと張りつく風を感じた。その行く先は薄暗い玄関へつづいている。


「この家、風を吸い込んでる」


 ほどなくしてクロシオに手招かれヨワとリンは薄闇に踏み込んだ。天井の梁がはるか頭上にあった。木の骨組みはいっそう黒々と光っており、室内全体がかすかに煙のようなにおいに包まれている。だが不思議と何度も訪れているかのように落ち着く。

 クロシオの横には白に染まった眉が垂れ下がっている老人がいた。


「エビカニ組の代表。俺たちは大じいさんって呼んでる」

「大じいさんってあの?」


 海外諸国を巡り輸入品をたっぷり積んだ貨物船が座礁してしまった時、その原因の一端を作り出してしまった耳の遠い老漁師がいた。クロシオはその彼だとうなずいた。ヨワは苦笑った。


「だいじょうぶだ。家の中なら静かだからゆっくりと話せば聞こえる」


 そう言ってクロシオは帰っていった。


「履き物を脱いでお上がりなさい」


 大じいさんの声は耳の奥でころころと転がるような心地いいものだった。ヨワとリンは床の間に通されいろりを囲んで座った。玄関口から吸い込まれた風がここまで届いている。夏へと進む外界と大じいさんの家の中とでは空間も時代も切り離されているようだった。


「クロシオから話は聞いた。シオサイを尋ねてこられたと。理由を聞いてもよろしいかな」


 当然の疑問だとヨワは覚悟していた。自分でもまだ信じられない部分が大きかったが、ヨワはシオサイが本当の父であるかもしれないと大じいさんに話した。


「なるほど……」


 大じいさんが発した言葉はそれだけであったが、空気が重々しく変化した。思案の時間はしばらくつづき、ヨワは高まり過ぎた緊張を散らすために視線を室内に移した。すると炊事場と床の間を仕切る梁に、エビカニ組に所属する者の名前が連なる紙が留めてあった。

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