193 シオサイの過去①
漁港に着いたヨワとリンだったが、揚がった魚や外国からの交易品はひとつも見当たらず、競り市や交渉などがおこなわれる広場はがらんとしていた。波打ち際では主のいない漁船たちがぷかぷか浮いている。運よく網を縫い直しているひとりの老人を見つけて尋ねると、仕事は終わりみんな引き上げたとのことだった。
ヨワは次に唯一自宅を知っている港町の知人クロシオを訪ねた。家には奥さんがおり、主人は隣の家で昼から酒盛りをしているという。酒と聞いてちょっと不安になる胸を抱えつつ隣家を覗くと、縁側に座って談笑する男性三人の中にクロシオがいた。
「クロシオさん!」
「おっ。大魔法使いのヨワじゃねえか。彼氏つれて海でデートなんてさすがだあ」
赤ら顔が振り返り、第一声から軽快にデリカシーの欠けた言葉が飛んできた。酒くささがもうここまでにおうようである。漁師仲間であろう男性ふたりからの野次と指笛をから笑いでやり過ごし、ヨワは早々に本題を切り出した。
「シオサイさんを知ってますか?」
「シオサイい? 名前だけなら聞いたことある気がするが、詳しくは。おめえは知ってるか?」
クロシオは漁師仲間に問いかけたがふたりとも首を横に振った。どういうことかと怪訝に思っているとクロシオはヨワにこう説明した。
「俺たちはサカナ組なんだ。シオサイっつうのはたぶんエビカニ組だろう。そこの代表に聞けばわかるはずだ。家案内してやるよお」
立ち上がったクロシオはふらりと揺れてたたらを踏んだ。リンとふたりで困った顔を見合わせる。しかし意識ははっきりしているようで、クロシオは去り際漁師仲間へのあいさつも忘れず迷いなく歩き出した。
港からゆるやかにつづく坂道を上っていくと背の高い黒い平屋に辿り着いた。開け放された玄関口でヨワとリンは主人を呼びに先に入っていったクロシオを待つ。
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