196 シオサイの過去④

「あの、その後シオサイさんはどうしたんですか」

「は?」

「あっ、リン。もう少しゆっくり言わないと」


 ゆっくり話そうとすると自然と声が大きくなるもので、今度は「そんなにでけえ声で話さなくても聞こえてる」と文句を受けた。リンのとんがった唇がおかしくてヨワは笑みを噛み締めた。


「漁師をつづけたよ。経験と努力で魚も獲れるようになった。組の仲間はシオサイを認め、両親との仲もよくなっていたかな。まあ、あの子の父親は頑固者だから言葉にはせんかったが」


 それならシオサイの名前が消された組の名簿はどういうことなのか、ヨワは問いかけた。逸る気持ちがあるとゆっくり話すのはなかなか難しかった。


「あの名簿、シオサイさんの名前が消されているようですけど、どうしてですか」

「シオサイの父親は五年前に死んだんだ。嵐の高波にさらわれてな。それから母親はすっかり気落ちして、熱病にかかったが持ち堪えられなかった。漁師になった理由の両親を亡くして、シオサイは漁に出なくなった。毎日海を眺めるばかりのあの子に俺が言ったんだ。『今こそ本当にやりたかったことをやってみたらどうだ』と」


 大じいさんは梁に掲げた名簿を見上げてつづけた。


「あの子は大学に行きたいと言って勉強をはじめたよ。そして二年前、合格通知を受け取った日にエビカニ組を抜けた。組のみんなに門出を祝われながらな」


 そこまで話してハタと気づいたように大じいさんはヨワを見た。


「もしかしたらあの子が王都の大学に行くと言ったのは、ヨワさんの母親と再会するためでもあったかもしれない。どうだろう、シオサイの様子は」


 シオサイが出会った相手は名家の人妻で、現在彼は国家最重要機密と言っても過言ではない組織に属しているなどと話したら大じいさんはひっくり返ってしまうだろう。そもそも庭番の存在は口外厳禁だ。ヨワは慎重に言葉を選んだ。

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