161 すべてはコリコの樹のため①

 ヨワはまだ自分が、ユンデが子どもであることを理解していなかったと気づいた。彼は本当に子どもだ。おそらくまだ十歳にもなっていない。

 母の温かな手に守られて、一族の歴史も社会の視線も知らずに育った。ヨワに近づいたのはヨワが悲しんでいたから。両親の愛に満たされたユンデの心がそうさせた。


「あの子はだいじょうぶなんだ」


 心に浮かんだのは安堵だった。リンの家族に感じた妬みや卑屈は、ヨワ自身が驚くほど薄かった。

 それが、ススタケと庭番の仲間のお陰だと気づくと、にわかに胸の真ん中が温かくなる。無条件に受け入れてくれた根っこの家族の存在が、ヨワの気を少しだけ大きくさせていた。


「やれやれ。こんなところまで来られるとはな」


 突然、男性の声が耳元で響く。次の瞬間ヨワは口と鼻を布でふさがれていた。どこかで嗅いだことのあるにおいが、鼻腔を通り抜ける。

 ヨワが身を寄せていた根っこの向こうから、ぬっと現れた男性の顔に目を剥く。バナードだった。植物を慈しみ育んできたバナードの手が、ヨワの悲鳴を遮る。ともに山を登りごはんを食べ、時には冗談を言って笑っていた顔は、なんの感情もなく恐怖に震えるヨワを見下ろしていた。


「すべてはコリコの樹のため」


 意識が急激にかすんでいく。すぐそばでつぶやいたバナードの言葉さえ拾えない。落ちると思った時、ヨワは真っ暗闇に放り込まれた。

 ユカシイがなにか言っている。

 なにかが壊れる大きな物音がした。

 浮遊の魔法も使っていないのに、ヨワはふわふわと宙を漂っている。風の音に混じって葉のさざめきが、こんなことを喋っていた。


『起きて。逃げて。起きて。逃げて。起きて、起きて。逃げて!』

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